宮ケ瀬.堤川を取り囲む尾根. 宮ケ瀬尾根と鍋嵐? 辺室山を越え土山峠に戻る ・・丹沢大山,三峰,鍋嵐周辺の山々Top

  宮ケ瀬々畔と鍋嵐周辺・・壊れれた磁石
    土山峠から堤川左岸尾根と磁石に惑わされた宮ケ瀬尾根.熊ノ爪周辺を探索―物見峠から辺室山を経て戻る. 2009年03月07日.単独

   先月7日に大山北尾根と三峰山群界線を綴って以来.鍋嵐に出掛けることだけを考え延び延びになってた。
     鍋嵐は唐沢川の北面に位置し藪尾根に囲まれれ.ヒルがいる登山道のない小さな山域で.大山三峰の更に北東側に位置している。
     まずは土山峠から入山. 堤川左岸尾根末端から詰め宮ヶ瀬尾根をピストンし.更に熊ノ爪から708mPと物見峠を探索し.辺室山を経て士山峠に戻っている。

      鍋嵐
   鍋嵐周辺の山々は東丹沢の最東端の上部.宮ケ瀬湖の南岸沿いにある藪に覆われた小さな山域で踏み跡の経路を綴る。
     その東部.物見峠と結ばれた南東に対等するのが大山三峰山。前回続けてのアプローチは大山周辺から入山していた。

   その間を隔てる中津川の支流.唐沢川物見沢は右周りに大きく孤を描き.鍋嵐山塊の西裾を回り込み宮ケ瀬湖の三又路へ流れ込む。
     物見峠東面の源流は小鮎川の支流で本流の源は土山峠に至り.その峠越えは宮ケ瀬湖の東湖畔にでている。
     これらの河川に囲まれた山々が鍋嵐。地形図を読んでも破線どころか地名も表示されぬ小さな山域だった。

   第一歩の入山は安易に考え過ぎ.鍋嵐には立てなかった。目指しただけで山の概念も掴めず.周りの地形全体を把握する必要性を感じている。
     東寄りの堤川を取り囲む両尾根と中央部の宮ケ瀬尾根を歩み.熊ノ爪周辺を探索して.鍋嵐は諦めて次回に繋げることにした

   天気予報は日毎に変わっている。今年は2月中旬よりは早くも菜種前線を迎え.予報が立たず5日間崩れたと思えば翌々日には天候の変わる激しさ。
     昨日も2つ玉低気圧が太平洋沿岸を東進し.強雨をもたらしている。これ程興奮して天候を待ち望んだのも久し振りだった。
     その後冬型となり一時の晴れ間を狙い.間を空けず出向いた。

   土山峠から堤川の左岸尾根を経て鍋嵐(なべわらし)へ。物見沢を下り大山三峰の北峰にでて.惣久径路を下る予定をしていた。
     ただその有頂天の山行にはとんでもないドジが待っていた。時間を大幅にロスする。
     最後に辺室山の頂だけでも踏もうと再び元の登山口の士山峠へ戻り.堤川を取り囲む尾根を周回することにした。


土山峠バス停.登ってきた上煤ヶ谷方面を見る.
青い道標下が下りのバス停.近くに辺室山登山口がある.7:49

     jr徒町4:49=5:18小田急新宿.小田原行.¥630.急:31=6:22本厚木.神奈川中央交通バス.¥540. 6:55=7:25土山峠bs

   小田急本厚木駅北口から宮ヶ瀬行の始発路線バスに乗車。
     バスは玉川沿いを走り.伊勢原津久井線に入ると先月下山したバス停媒ケ谷を過ぎ.小鮎川の源流へ。

   柿ノ木平川を遡り土山峠で下車している。降りた所に建造物は何1つ認められなかった。家屋は勿論,待合所もない。
     路肩にバス停のスタンドがあるのみ.脇の小さな空地には車が1台駐車している。

   場所柄恐らく鍋嵐山塊へ入山したのだろう。下山時には2台に増えていた。私を含めこの山域に士山峠から3pが入ったことになる。
     土曜日で入山が多いのか? もう直ぐ山ビルの登場する時期になり.入山は難しくなる。

    堤川左岸尾根の末端
    

   堤川の橋を渡るとゲートのある堤川林道を左に分けている。直進して村道を進む。7:55 
     3番目の橋の手前には林業関係者用の作業道が綴られていた。7:58 「保安林」の標柱を見て.適当に尾根に取り付く。

     3月07日曇
       7:25土山峠一8:00最初のコブ348mP一8:40岩コブ:50一9:05赤と白標柱40.分岐:10一9:25宮ヶ瀬尾根合流地点.
      堤川左岸尾根
   バス停脇を左に入り道志山高畑線の西ゲートを潜ると直ぐ.左側から堤川(川弟川)沿いの民有堤川林道と分かち合う。
     写真正面の左上がりの起伏が堤川の左岸尾根の末端。尾根が没する右側(北)に回り込んだ裏側から尾根に取付いた。

   ここは宮ケ瀬湖南岸湖畔沿いの村道は
清川村道士山高畑線の工事中だがこの数年.全面的に中止されていた。
     この先はズタズタに切れ裂かれたルートになる。冒険するには面白いかも。立派な林道入口の先には道がない。又先には真新しい橋ができている。
     途中は幾つも切れ込み,踏み込めず。最後の長い隧道はできているが道路を繋ぐ橋はまだ造られていず。

   土山峠から3本目の橋手前で左に作業道が入り込み.その小径から直ぐ土砂止めの棒棚を越え尾根に取付きた。
     標抗48地点.ここからは四十八瀬沢の沢底へ下り.遡る作業道を右下に分けている。

   喘ぐ間もなく尾根末端を塞ぐ大岩にでる。樹間を透し宮ヶ瀬湖に架かる赤い土台に白いアーチの七曲橋が見下ろされた。湖面は朝日で煌いている。
     霞む灰色の尾根筋と明るい湖畔.その対照的な湖畔の対岸には仏果山が朝陽を存分に浴び,春先の明るく爽快な色合いを示している。

   本厚木駅からのバス路線は昨夜の強雨に打たれ.道中はまだ路面を濡らしていた。
     頭上はまだ厚い雲に覆われていたが宮ヶ瀬湖の北側は早くも天候回復の兆しを示している。回復の予報は少し遅れているようだ。

    堤川左岸尾根
   鞍部は痩せ尾根.8:21
    左が堤川.右が四十八瀬沢に挟まれている,

   最初のコブ.赤白標柱.銀黒標抗にでたのが8時。尾根らしくなり.雨上がりでも踏み跡は確りし.足場の崩す気配もなくロングスパッツを取る。
     この所続く雨でスパッツは必要と思われたが尾根筋の雑草の茂みは少なく.必要とはしていなかった。
     スパッツは最近では久し振りに使用している。一昨年の秋購入.雲取山でも雪積るが用いることなく終わっている。ただ飛び出す枝木からの雨雫は多い。

   今回装備で一番の心配は手袋だった。先月切れてしまった皮手袋を新調した。ただ同じ側の手袋を愚かにも持参してしまった。
     情けないがしょうがない。左手をメーンとして登ざるえなかった。心細いが無いものは仕方がない。

   右後方から作業道が入り込む。取付きから登ってきた小径だろう。痩せ尾根のコブ前で直ぐ途切れていた。
     最近この尾根を下った靴跡が見受けられた。ぬかるんだ土壌にはっきり靴底が刻まれている。下に向かう1組の踏み跡があった。

    岩のピークから続く鹿棚
   左は堤川沿いに鹿柵が張られ右を歩む.8:29

   8:31  8:50

   薄暗い樹林に囲まれた岩のピークで1本取る。
     苔の含んだ雨上がりの落葉が柔らかいクッションとなり.周りを湿らせしっとりした山気を漂わしている。

   その中を紫煙が裸林の空間を抜け.樹冠へとゆっくり昇ってゆく。その緩やかな流れを見詰めていると,時折踊る煙があった?
     風はない。私の背丈程で緩い風の流れががあるのだろうか? 休んでいる間.不思議さに目はそこに注がれている。
     杉林に入れば左側は鹿棚が目立つようなる。赤白の標柱「40」の分岐を過ぎ.三角点を過ぎると再び小ピークにでた。

    宮ヶ瀬尾根
      宮ヶ瀬尾根合流地点10:25⇔9:55(617.2mP). 一10:40(K74ピーク)一11:00おかしな木:10一能ノ爪.

                              ハタチガ沢流域を見下ろす
    
     宮ケ瀬尾根合流地点のテープ.9:37          左が鍋嵐北尾根.右が宮ヶ瀬尾根.9:46

   ここ600m圏の小コブで大きな間違いを起こす。幹に巻き付けた黄色テープに「←617mP.419mP→」と記してあるにも係らず.
     617mPへ向かってしまった。ここは宮ヶ瀬尾根合流地点。北西の尾根に入ると確りした痩せ尾根で細かい起伏は激しいがほぼ平坦な尾根。
     ここでとんでもない行動を取っていた。

   617mP地点を元々南方へ下るピークと勘違いし.途中で可笑しいと気ずくも磁石は南を指している。写真まで撮り.
     確認している筈が安心して辿ったピークが617mPだった。呑み込んだ浅い先入観が勘違いを起し仇となる。返す言葉もなくなっていた。

    痩せ崩れた尾根が続く
   左がハタチガ沢,右側が四十八瀬川で宮ケ瀬尾根の核心.9:56

   小さなコブを2つ越し.左手の鹿棚沿いに狭い尾根を登ってゆく。古く逐れ鹿棚は崩壊が激しく.倒れ崩れている所が多い。
     役を終えたような古いバラ線入りの鹿棚が原型を留めず残骸として放置されていた。丹沢の古くから続く鹿対策の歴史を感じさせる姿に思えた。

    丹沢三峰を臨む
   手前が鍋嵐北尾根(ゴジラの背尾根).10::07

      迷い
   丹沢三峰を望む。近ずいた尾根はゴジラの背と思い込んでいた。私にとって丹沢三峰はズッと遠くにある筈だった。
     ルート図しか持参していなかった。それも頭に叩き込まず歩んでいる。そして間違えた尾根を歩んでいた。
 
   頭の中で地図を描き考えるも.初めての山で概念さえ掴めず.はっきり判っていなかった。安易に入山している。
     何十年振りに山に入り,初めて奥多摩川苔山に入った時と同じだった。地図に磁石も持たず.行先も車内で決めていた。
     笑われるが高尾山と同じ思考で行動していた。

   現地点が判ってからも.体で確認するまで.再び何処を歩んでいるのか? 先へと歩む。そして607m三角点峰にでていた。
     直ぐ戻らず先へ歩む。この奇想天外な行動にも.自分自身で又驚いていた。

    宮ヶ瀬湖
   617.2mPより宮ヶ瀬湖と高取山.10:10

      宮ケ瀬尾根と復路
   足元に宮ヶ瀬が大きく広がるのを見て,唖然とする私。とんでもないルートを取っていた。宮ヶ瀬尾根を歩んでいる。
     再び戻ることになる。宮ヶ瀬尾根.607.2m三角点峰の広いコブで湖畔を覗き込んでワンデングまでしていた。

   再び見る磁石は壊れていた。今度は停まることなく動いている。軸が外れ.曇天の薄暗い尾根に立ち.方向感覚は失われていた。
     磁石を確信し過ぎていた。壊れていた磁石とは違う意味である。
     この磁石は学生時代.それも高校の初めだと思う。使いに使い日本中の山々を共にした磁石だった。

   ここから北東に更に確りした尾根径が延びている。地図を見れば直ぐ分かる筈だった。焦り再び迷い気味になりながら宮ケ瀬湖の外形から
     地形を想像し戻っている。新たに宮ヶ瀬尾根を北上し10時半.漸く最初の左岸尾根との合流点へ戻っている。

    合流点に戻り能ノ爪へ
   左は鹿棚の急な斜面を登る.10:26

    ゴジラの背(鍋嵐北尾根)
   10:30
    同年03月一週間後に鍋嵐北尾根を登る

     もう焦る気も起こらなかった。鍋嵐にでて先を考えればよいと。
   尾根の左側に長く鹿棚が綴られている。中途半端な湿り気が曲根に時折足元が取られがちになった。

  
    標抗K74ピークを越え.なだらかになった広い樅林の伐採帯を抜けると再び痩せ尾根が現れる。10:44

   二十女沢(オオコナラノ沢)を隔てた鍋嵐の稜.10:48
    急な斜面を下り痩せ尾根の鞍部にでて.右手に鍋嵐が見上げられた。ここからは楽に時間も短縮してオオコナラノ沢へ下りらえる。

   下ってきた北面を顧みる.右は仏果山の稜.11:07

     11:35

   尾根が広く登りになり.能ノ爪手前の広場(植生保護柵地帯)に対をなして不思議なミズキがある.11:16
     フォーク型をして.一度見たら忘れられぬ立木。これから何度見ることになったのだろうか? 背は辺室山と641mP.11:35

   更に窪地を登り返すと能ノ爪手前の広場にでた。明るくなり可笑しなミズキの木に出合う。フォーク型をして.一度見たら忘れられぬ立木。
     これから何度見ることになったのだろうか? ブランコのような幹に腰を降ろし小休止した。時折木漏れの陽差しが照り付けていた。
     ただやや風があり休むと体が肌寒い。鹿棚の先.背は辺室山と641mPの尾根.それに相州アルプスが常に開けている。

    能爪(堤川山)
   719mコブ.北側は平坦な痩せ尾根.11:44

     物見峠ピストンし辺室山を越え士山峠る
       能爪12:35⇔鍋嵐. 12:55一13:20物見峠30. 一戻り祠ノ交差一13:55辺室山一14:35士山峠bs.

   標柱147の立つ能ノ爪(堤州山)にでる。ここは堤川左岸尾根の南端の起点コブにもなっている。
     鍋割東尾根に突き当たり.径らしくなり踏み跡も明瞭に。越えた向かいは物見沢二俣に落ちる中央尾根になるのだろう。
     そして左の踏み跡に入れば山ノ神から物見峠へ.或いは辺見山へ。私は先で迷い.堤川右岸尾根から堤川を取り囲む形で土山峠に戻っている。

   早速右手に折れ鍋嵐東尾根をピストンする。西側へ進み2つのピークを越え.更に向かうと南側の巻き径は横枝が置かれ閉ざされていた。
     トラバースの踏み跡はガレ場が崩壊しているらしい。尾根上には確りした踏み跡が続いている。

   能爪から尾根上を西に進むと物見峠方面からの道と合流し.細尾根を鍋嵐へ。719mPで赤帽白柱の左を下り.鍋嵐へ急坂を詰めれば頂に立つ筈だった。
     それが見事に赤帽白柱まではすすんだ筈が.裏切られていた。

      再び迷う
   起伏のない明るい痩せ尾根が暫く続き.小さな赤頭黒杭が幾つも点々と付けられていた。左手に大山三峰沿いの稜が霞むよう望められる。
     暫くして右手に回り込むと小さな尖がりにでる。その左裏が先程のトラバースの踏み跡に繋がっていたようだった。
     小さ過ぎる2.3mの尖がりが目の前にあり.又確りした踏み跡に惑わされ右手下に回り込んでしまっていた。

   径筋の駄々広い尾根は更に扇状に広がり.下ると次第に踏み跡も薄れ.心細くなりだした。尾根は谷へ落ち始めている。
     対面に大きな峰が望める筈の鍋嵐がない。何もない空間だけが落ちる先に広がっている。

   元の稜に一度登り返すも確認が取れずにいた。左手に霞む尾根が延びている。この尾根の近ずきは何だろう。
     磁石もなく進んでいる方向は定かではなかった。再び確りした踏み跡を辿るが下る斜面で.かなり先で踏み跡は消えていた。

   その先に間隔を空け2ケ所,枝に付け加えられたテープがある。近ずくと「入山禁止」と印刷された新しいテープが枝に巻かれていた。
     モヤのようなガスは切れず.暫く待つが地形を呑み込めずにいた。左手にルートを求めるも再び現地点を失う。

   赤頭白柱の標柱と赤黒の「抗A46」がある719m圏コブで,先を間違ってしまったらしい。幅広い北尾根に入り込み.この尾根はハタチガ沢へ落ちている。
     左手の間違った尾根がゴジラの背だろう。もしかしてと戻るも,長い背に霞み見えぬ尾根はその先に鍋嵐があるとは思えなかった。

    物見沢対岸の700mPから左へ巻き上がる尾根
   鍋割東尾根.能ノ爪より.12:26
    この尾根の突き上げ反対側が八丁経路

    708mPからの小唐沢川沢右岸尾根.2009.03
   大山北峰へ.13:10

      能ノ爪
   12時35分,能ノ爪に戻る。余りにも気が散漫になっていた。踏み跡を求めるのはよいが注意深さに欠けていた。
     戻りその都度.別のルートを見付けている。まして道しるべがありながら.逆方向にも歩いている。

   どんな理由があれ,初めての入山で岩コブまでは呆気なく着いてしまったことが又不注意を生み続けていた。
     焦ることはないが焦っている。ただこの山域は寂峰の峰々が連なり.藪は知恵の輪を想像させ面白がっている自分もいた。

   次回は欲より一歩を確実に進めねばその先へ進めると思っている。今回はこの山域に入ったことだけで満足し反省せねばならない。
     前2回の単純な尾根とも違い.三峰境界尾根を下ったような山域に似た感じを抱かさせている。

   ガスが一時窓のよう切れ.樹間を透し高畑山の採石場が望まれた。暖かい紅茶にアンパンを食べこの先を考える。
     この間々物見川に下り北峰にでて,惣久径路を下るには真面目に歩んでも5時近くになるだろう。
     気力が抜けて.日没に体力がもつだろうか? 今日は下見として物見峠から下山するべきか。

    物見峠
   野外卓傍の道標柱にヒルの注意書き板が添えてある.13:31

   物見沢へ下る尾根を確認し.物見峠にでる。確りした古い峠らしい峠にでる。テーブルに座り考えるでもなく考えた。
     全てが中途半端な山行になっていた。まだ時間はある。1時間半あれば土山峠へ戻れる。辺室山に登るか。

      辺室山へ
    
    径らしい鍋嵐―物見峠間.13:18            祠の分岐.鍋嵐は一般登山道でないと案内板あり.13:45

   再び祠の交差.山ノ神まで登り返し.堤川を挟む右岸尾根を一回りすることにした。
     緩やかな登りに雑木林の歩き易い径。朝方登った左岸尾根を見詰めながらゆっくり登山道に入る。

   辺室山を越え,その先のピークから登山道は右手へ寄るが.左手へ下れる尾根があり.堤川沿いに堤川ダムが見下ろされた。
     堤川林道へ下れそうだが今回はトラブルを繰り返していた。素手で下りるのも億劫だった。早めに下山することにする。

     高取山と中央が仏果山.右が半原越
   13:44
    辺室山手前より堤川左岸尾根と宮ヶ瀬湖を挟んで

   辺室山頂,三角点北側に離れた先にある.14:12

      山頂
   辺室山は楕円形で小広い樹林の疎らな平頂. 右手の東側は植林され眺望はない。左手は落葉樹の垣間越に朝方登った左岸尾根が真近に霞み望まれる。
     尾根末端の先には湖畔や仏果山が見えてきた。細長い平頂にでる。北東へ100mほど下った所に3等三角点が設けられている。基準点は「辺室」.

   今回のコース以外でも今年に入り.大山や大山三峰周辺でも.道中で石祠や石碑をよく目にしている。
     これは八菅神社から半原越.土上峠.辺室山.大山三峰.唐沢峠を経て.大山雨降神社に参拝する。過っての山岳信仰の名残りだろう。

   時計を見ると路線バスに間に合いそうだ。真面目に歩いての計算である。最後に無難な登山道を選んでいる。
     体のだるさをがあるが足の疲れはなかった。時間に間に合えば最後のけじめにもなる。早足で40分.頑張ろう。

   遠くに県道64号が望められるようなるも時間は十分ある。見た目はコースタイムより時間が掛かりそうだがただ焦る気は起こらなかった。
     尾根径は木階段状に整備された脇を抜け.ペースを落さぬよう気を配り.緩やかな歩み易い足場を選び下る。

   今日も山中,誰1人擦れ違う人は居なかった。まだ小鳥のさえずる声さえ聞こえず.静か過ぎる尾根筋を抜けてきた。
     2基の祠を続けて過ぎ.真下に峠を見てホッと一息。樹間越えに舗装道路がうねっている。相変わらずダンプの往来が激しい県道の土山峠にでる。

      14:35土山峠bs:56=15:40小田急本厚木.急行:52=16:47jr新宿.

   登山口に登山届箱あった。バス停は少し上方に離れている。今日も登山届は用意してきたが場所が判らず.その間々持ち帰ることにした。
     雑な山行に呆れ返っていた。3月一杯でヒルを逃れ丹沢から離れる。12月まで他の山域に出向くことになるが.東京に近いよい山を見い出した。

   バスを待つこと10分.バス停の私の前に急に小型トラックが停まり.荷台から2人の人夫がスコップを持ち駆け降りた。
     何だろうと問うと路肩に固まった年越しの土砂や雑草を取り除くと云う。それでいてトラックは去り.2人はジッと何かを待っている。

   小型ブルドザーがゆっくり上流側から現われ堀り除く。ただ2回でブルのバケツからの残土は満杯となり止めてしまっていた。
     長閑な仕事ぶり.バスが来て座席に座る頃.空になった運搬用トラックが再び現われた。

    土山峠登山口のヒル注意板.14:48・・煤ヶ谷のヒルT 丹沢主稜の水ビル

   土山峠バス停に朝方.降りたのは私1人,又下山してバスに乗るのも私1人だった。
     バス停から僅かに煤ケ谷方面戻るとと階段状の仏果山登山口があり.植林の中を10分ほど登ると旧土山峠にでて.大木の根方に祠が祀られている。

   次のバス停で仏果山,経ヶ岳方面から乗り込んだハイカーで車内は賑やかに.煤ヶ谷へ下る間に座席はほぼ満杯になる。
     私は地元の婦人を私の隣に誘っている。私よりやや年上か?

       煤ヶ谷の猿とヒル
   煤ヶ谷の農家は野猿の被害が膨大で可哀そうだと彼女は嘆き語る。
     宮ヶ瀬ダム2000年12月の完成が鹿や猿を移動させ.まして今は猟期で動物の移動も激しく,それにヒルを運んでくる。
     今頃からゼンマイ等山菜の時期になり沢山採れると云う。ただヒルが多過ぎ.地元の人は山に入れなくなった。

   血を吸う黒いヒル.痛みはないが小指ほど真丸になるまで吸い,終わるまで放すことはない。予防は雨.曇の日は頻繁に活動する為.人は晴天に限る。
     土壌が温まると鈍くなり.3日も晴天が続くとヒルは活動を中止する。又人が列をなしていると必ず2番目過ぎの人が襲われ.それほど動きは鈍行と。

   物見峠や登山口に熊と同じく山ビルの注意板が掲げられていた。期間は4〜9月になり.塩水も気休め程で予防方法は難しいらしい。
     塩ではヒルは離れるが止まらぬ血。対策に靴下との繋ぎ目はガムテープを張るのが一番よい。
     別れぎは風呂を選ぶなら別所温泉が安く.ゆっくり入れると教えて頂いた。

       被害の拡大
   今年の7月07〜08日.フジテレビFNNニュースで「本厚木郊外での山ビルの異常繁殖」が連続して報道された。
     この2年で住宅街の庭先や道路に山ビルが目立ちだし.被害が多く幼稚園園児までもが知る騒ぎになっている。
     神奈川県では2007年度より山ビル対策の予算が計上された。

   イノシシの出現が度々あり鹿もいる。各地区自冶体では対策に木陰となる立木を切り,落葉など被らぬよう掃除している。
     その道脇にヒルがいる。調査の結果では鹿45%.イノシシ32%がヒルの移動に共存させているという。
     広い地区である。何処まで棚を造ればよいか問題も多い。

      山ビル
   およそ寿命は5年.成体になると1年に1回血を吸えば生存と繁殖が可能で.一度の吸血で最大2年間は生きられる。
     吸血し約1ヶ月で1〜9匹のヒルを産み.そのヒルが更に1ヶ月で1〜8匹の子ヒルを産む.高い生存率と強い繁殖力をもつ生き物。

   成体は5.6個の卵が入った卵のうを一生のうち20個以上を生む。つまり成体一体から100匹以上のヒルが生まれる。
     それ故吸血された場合はヒルの処分も大事で.必ず殺す必要がある。

   ヒルは動物や人が往来する獣道.登山道の脇.湿気の多い沢筋や水場,急斜面の緩やかなカーブ付近に多く.意外と藪の中にはいない。
     活動時期は4〜11月まで.10℃以上,湿度60%で冬でも活動し.特に湿気の多い梅雨,秋雨,台風の時は活発で乾燥すると活動は弱くなる。
     冬期0℃でも死なず.落葉の下などに潜んでいる。翌年4月には裏妙義山女道で落葉裏に付くヒルを見ている。

   人や動物の出す炭酸ガスや震動.熱に素早く反抗し.無風で2m範囲のサーチ力がある。無駄な動きのしない合理的な生物。
     尺取虫運動は1分間に60cm.濡れていると150cmまでと早く移動し天敵はいない。
     山ビルの問題は自然環境の連鎖から.その背後に野生動物や森林生態系の保全が絡んでいる。

   吸われ離すには煙草の火.虫スプレー.塩を使う。対策は塩靴下や首に乾いたタオル,休みタイムは乾いた径真ん中にザック.帽子類を不用意に置かぬこと。
     傷口にヒルジンが残っている間は血液の凝固が阻害され.2時間ほど出血が続く。抜けば1時間.傷口は治るまで約1ケ月を用す。

      杉の花粉
   バス路線が杉林に入ると路面側の枝々が枯れていると語っている乗客の声を耳にした。隣に座る仲間が.これから舞う花粉だと諭していた。
     昔は杉の花粉が飛び散る風景をよく見ている。風の強い日,本枝は風の強さ以上に弓なりとなり.杉の枝事態が同調するかのようなに,
     大きな揺れ方で花粉の塊を大空に振り撒き撒いている。

   今が最悪の杉花粉症の時期になっている。テレビでは毎日.花粉状況を流していた。アレルギーの人も多い,妻もなり私もなり掛けている。
     体に留まったものが一定の量を超えると溢れだし花粉症になるらしい。

   私は今まで何度も春の山里を歩んでいる。科学的には判らぬが.今は私も被害を受け始めているようだ。
     一見.枯れたよう見える花粉が針葉樹の片側を赤褐色に染め.ひと風゙吹けば大きな弓となり花粉を飛び立たせている。
     花粉は晴れた日の強い風を待ち.静かに構えている。それを知ると谷川一面に染まる杉の姿に.恐ろしい凄みを感じさせられた。

      方位磁石
   磁石が壊れる。最初は壊れた磁石が動くので信じたことが今回は仇の1つにもなっている。
     45年間使用したステンレスの簡単な磁石.軸が腐るよう崩れ自命を超えた。
     私の足と共に.互いに幾つもの山々を歩み.数々の奇遇を乗り越えてきた。そして迷い随分助けて頂いた磁石だった。

   地吹雪にホアイトアウト.暴風雨や濃霧.雷鳴轟く闇の穂高でもエレキを照らし.見詰めていた磁石。藪山や沢で巻道に迷い頼った磁石だった。
     全てが分からなくなり針先のみ見詰め歩んだこともある。改めて考えるとよく磁石の世話になっていた。

   視界があればよいが.ない時に磁石を忘れると,とんでもない苦労をさせられた。地図と一対である。
     最後まで頼り.地形が呑み込めず壊れてしまった磁石だが今は捨てずに私の宝箱の中に置くことにした。

   今後は2001年03月.釣り仲間.増島氏から寄贈されたVixenn1949年.日本製を使わして頂こうと思っている。
     ただ嵩張り2009年10月.ダイソーで軽く小さなオイル入り磁石を購入。更に変えている。

      ピッケル
   能ノ爪から物見沢下降尾根の状況が全く判らなかった。前日の強雨を含めガラ場を考え.下りのアンカー用に持参した。
     ただその必要はなかった。

      GPS
   この地域の入山を繰り返している人達はGPSを使用しているようだ。今回はその軌跡テーターを資料として使わせて頂いた。
     妻は安全を考えてと云うがまだ使う積りはもっていなかった。越後のよう深い山には便利でこの上もないだろう。
     それより古過ぎるザイルしかなく.30mのザイル1本が欲しい。

      割引周遊券
   路面バスに特約パスホートがあると知り調べると下記のようだった。
     丹沢大山フリーパス. 小田急線往復(本厚木=渋沢間)+神奈川中央バス乗り降り2日間自由.¥1.480
     宮ヶ瀬ダムハイキングパス. 小田急線往復+神奈川中央バス乗り降り2日間自由.¥1.710,上飯山=宮ヶ瀬間は自由乗車できる
     (新宿=本厚木間¥570+本厚木=宮ヶ瀬間¥650)×2=¥2440.差額¥730. 当日でも駅の自動券売機で購入でき安価で便利

   テルモス(紅茶).左手袋2.細引20m.ピッケル.軽アイゼン・・地形図「青野原」「大山」「厚木」.山と高原08「丹沢」

     丹沢山塊概念図.鍋嵐周辺ルート図
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