日光への歩き旅
その3. 中禅寺湖.日本ロマンチック街道から湯ノ湖.そして白根山
                                          日光への歩き旅1. 元浅草一東武楡木
                                          日光への歩き旅2. 東武楡木一中禅寺湖
                                          日光への歩き旅3. 中禅寺湖一白根山
                                            第九回,日光歩き旅. 中禅寺湖一戦場ヶ原一湯ノ湖
                                            第十回,日光歩き旅. 湯ノ湖⇔前白根山一五色山

      第九回.日光歩き旅
・・アスファルトから裸土の世界へ.秋晴れの日向と遊ぶ
           中禅寺湖―戦場ヶ原―湯ノ湖


白根山へ
















拡大図
中禅寺湖からイロハ坂
      s61年(1986年)11月23日快晴. 私.真佐子.隆史.博史

    起床4:00 三筋4:21.タ=東武浅草.日光線5:01=7:35日光=中禅寺温泉8:43一北岸の遊歩道一10:25竜頭ノ滝一11:45戦場ヶ原13:30
       一14:11湯ノ滝:15一14:25湯元.東武バス=15:00湖畔駅一中禅寺湖.遊覧船のりば(ボート2隻.1人\500)
      =東武日光17:53=東武浅草一21:20三筋

   中禅寺湖.湖畔の径
  湖畔の二荒山神社中宮祠.男体山表登山口(参道)

   男体山は一等三角点「男体山」.標高2484.15mで日光連山を代表する百名山のひとつ。日光二荒山神社の境内地で冬季入山は禁止
     毎年5月5日〜10月25日までだったが2019年より延期され4月25日〜11月11日まで。登拝料

   1877年に山頂にある二荒山神社の奥宮に鉄剣(長さ3.5m.幅15cm)が奉納されたが2012年3月に剣は腐食で根元から折れている。
     同年10月13日にステンレス製の剣が奉納され.以前の剣も改修されて.2本の剣が並び蒼空に映り.麓からもこの剣の煌きを知ることができる。

  湖畔左岸の散策路.大崎付近

  湖畔遊歩道から初めて見る目指す雪の白根山と錫ヶ岳
     湖畔の径
   風もなく素晴らしい晴天に恵まれ.冬枯れの戦場ヶ原を散策.横断する。

   中禅寺湖々畔から国道120号沿いを少し歩み.国道からも分かれ.ホテルレークガーデン脇から湖畔北岸の遊歩道を歩む。
     漸く裸土を踏み.裸土を踏む感触はやはり気持ちよい。何時もなら一身に歩む第1歩.今日は初めからのんびり歩んでいる。

   直ぐ日光二荒山神社中宮祠への参道が登っていた。
     朝の柔らかい陽差しを浴び.静まり返った湖畔の径. これからは車道からも離れ.遊歩道から登山道に入る。

   中禅寺湖,北岸の遊歩道からは柔らかに映るコバルトブルーの湖水が真近に臨められる。蒼空に澄んだ大気が周りを被っていた。
     前方に目指す白根山が雪白く煌き望まれる。枯葉を踏み締め竜頭まで快い朝の散策路が続く。

  竜頭ノ滝を越えると戦場ヶ原へ

      観光客
   何処でも決まった場所で観光客は溢れていた。
     銀座のような賑やかな中禅寺湖を抜けると静かさが戻された湖畔が広がり.行き通う人もいず.秘密の小径にも思えた。

   摺れ違うだけでも大変だった竜頭ノ滝。ここも例外ではなかった。滝壷を囲む柵の周りは擦れ違うのも煩いほど人で溢れていた。
     滝上で再び日本ロマンチック街道.R120号を横切り外れると狐に包まれたような静けさが返ってきた。

   戦場ヶ原遊歩道に入り車の騒音も遠のく。自分の足音だけが聞こえてきた。
     観光客もハイカーも.誰も居なくなり.擦れ違う人はいず.人が居ないのが嘘のようだった。

   戦場ヶ原
  男体山を背に戦場ヶ原


  戦場ヶ原から笠岳.錫ヶ岳と奥白根.前白根山

  木道の陰に残る新雪

      木道
   もう眼前には枯れ果てた原野が広がり.湿原を縫うよう木道が綴られている。
     木道の肩陰には申しわけないない程の疎らな新雪が残されている。
     男体山から女峰山への山波は葉を落とした冬木が山肌を覆うものの.ここは溢れる黄葉で満ちている。

   今日はキャンプ主体で湯ノ湖まで歩む。今年中に白根の頂に立つのは時間的に無理になった。もう日を待たずして降雪に覆われる。
     焦る事はない。戦場ヶ原の真中で長い時間を過ごそうと思っている。

   本道より湯川沿い.端へ外れた西側.奥の木道に回り込むと.更に通う人も居なくなった。
     誰も入り込まぬ原野に木道だけがうねり.親子だけの晩秋を満喫している。

        戦場ヶ原.木道用物置場でキャンプ
  ,    ,
      今日はピクニック
   戦場ヶ原で充分時間を掛け昼食を摂る。
     キャンプ用フルコースの装備を持ち.食糧も贅沢に子供の欲しい物.全部を持参した。

   食べ方も自由なら料理する順番も自由に子供達に任す。
     真佐子の先導で.まずコンロを持ち出し.お燗から摘みのアタリメを焼いた。頭がよい。親を手懐けようとしている?
     だが私より先に毒見だと3人で焼きながら食べている。秋晴れの天高い空の下で。

   それから主食の炊事が始まった。炊事中に摘み食いで半分近くなくなるが美味そうに食べている。
     私には酒がなくなりそうになると.言う前に燗をしてくれるので.何も言えなくなった。
     五合の酒パックが見る見る薬缶の中になくなっていく。

   のんびりした炊事.コンロに乗せる物がなくなると.又ザックから何かを探しだす。
     コンロは休む事なくゴーゴーと快調な響きを伝え.周りの静寂さを破っている。

   ここは本道から少し外れ.通う人も居なず.周りは一杯にはザックの荷が散乱していた。

  冷たい湯川の水で     ,,
      秋の陽
   秋の柔らかい陽差しが梢から漏れ.黄葉した落葉は大地を枯葉の絨毯で埋め尽くしている。
     寝転ぶと空は雲一つなく蒼かった。

   酒もあり心地よい気分に.時間が止まったように思える。
     子守唄の如く聞こえる小鳥のさえずりと.子供達の声が清々しい風に乗り伝わっていた。
     他では手に入らぬ.ここだけの贅沢さ。溺れるような満足感を味わう。

    朝食

    昼食. ラーメン
        サンドイッチ
              
餅4. 海苔4枚切れ
インスタントスープ. ホタジュー4. 中華スープ2. 味噌汁3
麺4. 肉. 人参1/2. 生玉子4. 玉ねぎ. もやし
耳なしパン2斤. ツナ缶1. マーガリン25g. ハム. キュウリ..チーズ
ジュース.ビール. 酒五合. スルメ. 菓子
   湯ノ滝
    左岸の登り

   湯川の水は冷たかったが皆で気持よく片付ける。長い憩いの後.枯れ果てる戦場ヶ原を抜け湯ノ湖へ。
     もう子供達も先を急ぐでもなく.距離を縮めるより足元の自然を楽しんでいた。
     三岳の噴火で堰き止められた湯ノ湖へでる。もう湖畔の店々は既にシーズンを終え閉ざされていた。

  戦場ヶ原を抜け湯ノ滝上.左男体山

    湯ノ湖
   紅葉にはまだ早かった.2004年10月

    マイカーで日光連峰縦断
      宇都宮=杉並木街道=日塩もみじライン=会津西街道=川俣=奥鬼怒林道=戦場ケ原=湯ノ湖=金精峠=
      沼田街道=沼田.大間々線=渡良瀬川下降=伊勢崎. 妻.ペコと


         黄昏の中禅寺湖

中禅寺湖. 再び戻りボートで日没を迎える              .
      ボートでの日没
   帰路.中禅寺湖バス停に路線バスが停まった折.湖水を見たのか? 真佐子がボートに乗っていないと言いだした。
     湯ノ湖で乗る筈のボートはもう時季が過ぎ終わっていた。
     立席を含め身動きでぬ満員バスの最後部に陣取っていた。降りる人もいず掛け声と共に乗客を掻き別け.咄嗟に飛び降りる。

      湖上
   日没30分前,降りるのは我々だけ.又ボートに乗るのも我々だけだった。
     断わらぬ船宿に感謝し二艘で沖にでた。舐めるような湖水は鏡のようだった。そこに紅葉した影が映る。

   素晴らしい紅葉を湖上で浴び.漕ぐより周りを見るよう子供に諭す。
     ゆっくり櫓を漕ぐも.岸よりかなり離れていた。離れないようボートを並べ落日を迎えた。

      洛陽
   霞れた湖水に帳が落ちる。一瞬にして紅葉が霞み.闇への洛陽を迎えた湖上は命一杯に最後の陽を受けていた。
     それは束の間の明るさだった。湖面に映る蛍日は闇に閉ざされ.闇が又.別の湖水を浮きださせている。
     一瞬のキラメキに波紋の輪は知らぬ間に闇へと消えてゆく。もう晩秋の情緒も失われた。

   暗過ぎる湖に闇が追うよう迫っていた。焦る事なく子供の舟を導き.ゆっくり桟橋へ漕ぐ。
     年令を超越した自然の神秘.年を隔てた子供達だけでなく.私も全ての触れ合いと自然美を肌で感じ取っていた。

   距離の割に17時間半と今日の行程は長かった。
     日の出を列車内で迎え.日没は湖上ボート上で仰ぐ.変化に富んだ旅になった。

   言葉に語られぬ自然の神秘があり.無言の言葉が生まれていた。
     親子で共鳴し無言で慕っている。明日は明日.明日は早くから小学校の登校がある。今は今を大切に思っていた。
     積雪期となる。来年春を迎えてから最後の旅.白根の頂に挑む。

     第十回,日光歩き旅. 山の径
                                              日光白根山Top メモ図より                                                             奥白根山地形図
       s62年(1987年)06月27〜28日晴. 湯ノ湖⇔白根山. 私.真佐子.隆史.博史

    06月27日. 三筋20:55.タ=東武浅草.日光線山岳夜行¥4740.夜食23:40=
       28日. 日光駅.車中仮眠.起床4:00.小雨.朝食.
            日光5:28=湯元6:27一10:00前白根一10:55五色沼.昼食12:23一13:29五色山.2379m一16:00湯元:24
            =イロハ坂.雨=東武日光17:55.快速=19:55浅草一三筋
     夜食. オデン.枝豆.結飯.サクランボ
     朝食. 結飯.お新香
     昼食. ラーメン
     乾杯. 湯元で牛乳とビール・・真佐子記


    白根
  外山コース稜にでて
      東武山岳夜行列車
   山岳夜行に乗り込み車中で仮眠.東武日光駅から湯ノ湖にでる。ボックスには小学生が3人並んだ。
     子供達には初めての経験である。東武浅草駅前で夜食用ハンバーガーを買い込み.車中の人となる。

   夜行列車は浅草駅発の最終列車で.終点日光駅の車内で仮眠を取り.始発のバスを待つ仕組みになっている。
     高校の終わりに.白根山に登るため.同じ列車に乗車している。豪雪に遭い.ラッセルが続かず中退している。それから20年振りになる。

   発車前,私は妻のツマミでビールを呑みだした。最近子供達より.私の方が先に.ものを口にしているようだ。
     子供達はまず母のツマミ.枝豆を摘む。

   そして,おもむろに自分のザックから菓子類を出すが3人で相談するよう食べている。
     3人で分け合い.1人は自分のものを仕舞い込んだ。後で食べるらしい。
     私にも気持のお裾分けがある。手を出すとまた呉れた。愛しいことである。

      東武日光駅
   日光駅に夜半着き.同じように子供と夜が明けるのを待っている。車内はまだ静かにさに満ちていた。
     起き出した子供達にもう暫らく寝るよう促し.私は夜明けの窓を見詰めていた。

  次ぎは頂へ
     日光白根山へ
   素晴らしき好天だった。東京から歩み.最後の一歩が始まる。

   沢沿いに白根山への径を歩む。私が十代の春,登った径を。
     背丈の熊笹を越え雑木の多い頂稜への径を歩む。最後の頂を目差し皆頑張っている。
     風もなく蒸す登山道.熊笹を分け尾根への小径へ。藪のような茂みに蒸す暑さ.根気の登りが続いた。

   前白根山頂
  五色沼を覗き込み

 

  前白根山より奥白根山

   汗が滴る中.前白根山にでる。
     四方の峰々が山波となり繋がり.今まで綴って来た戦場ヶ原も足元に望まれた。

   目の前に奥白根山が横たわっている。登ると下りは夕方になる。ゆっくり炊事し遊び帰るか.ただ頂だけを目指すか?
     最後のピリオドだからこそ悩む。登れば時間との競争となり.周りを見る暇もなくなるだろう。
     すねる真佐子を宥め,五色沼へ下る事とした。前白根山も立派な頂である。

   東海地震の避難道として私の実家.北越谷まで東京から歩いている。それが日光まで延び.イロハ坂をも登る。
     中禅寺湖.湖上では冠雪被る白根山の岳を望み.頂まで更に足を伸ばした。東京から歩み続けた最後の頂に今.立っている。
     子供達と南方面を望む。谷を越え丘を越え山々の向こうに見えぬ東京があった。

五色沼から五色山へ ,     ,
      ラーメン
   昼食に五色沼へ降りる。山に囲まれた沼.大声を掛けると山彦が返ってくる。
     対岸に叫べば何処でもオウム返しに戻ってくる。はっきりした山彦に.五色沼は山々の砦に囲まれていた。

   コンロに火が入りコッヘルに具を入れる。
     もう子供達も手馴れたもので.ザックから自分の分担された荷を出し.菓子を食べながら口に放り込む。

   勢いよく炎は上がりコッヘルはゴトゴト踊りだす。熱いラーメンを各自小皿に盛り.コッヘルから直接取った。
     旨いと.子供達はよく食べ直ぐさま.コッヘルの底が現れる。

   五色山
 

   熊笹の裾
  白根山を被う熊笹の裾

  笹トンネルを下る

  朝方の河原にでる
   五色山より山を降りる。群馬県側は雲海が湧きだし.下りは湯元まで走るよう熊笹の径を潜り下りる。

  下山口の中曽根白根山登山口

  湯元バス停で全てを終える。

    東京から日光白根山まで繋ぎ繋ぎ歩んだ「日光への歩き旅」を終える。・・22.500歩(博史)
      冬を二度越す2年間半の間には.それぞれ学校.クラブの行事以外に.家族で海.富士山.八ヶ岳へと足をも伸ばしている。
      皆さんご苦労さまでした。


       勇ましい仲間.子供達
戦場ヶ原にて     ,
     博史
   いろいろつかれたけれどよかったと思った。
   ぼくはぜんぶあるきました。
   北越谷.大袋.幸手.野木.小山にれ木.下今市.日光(ほそお入口).
   中ぜんじ湖.湯ノ湖.前白根山と行きました。
   東しょう宮はいろいろ勉強になりました。
   でも山にのぼるときには.つかれました。
   白根山にのぼるはずだったんだけど.時間があまりなかったので五色湖へ行きました。
   いい思い出となりました。

戦場ヶ原にて     ,
     隆史  
   前白根山を登って.頂上まで行ったけど白根山は登らなかった。
   でも前白根山だけでものぼってよかった。
   とってもつかれた。

   翌年s63年08月03〜05日.隆史.博史は日光林間学校.

      3日.夕方.一時小雨. 夜のきもだめし
      4日.曇.       戦場ヶ原散策
      5日.曇.       東照宮

五色沼にて     ,
     真佐子
   今回は夜行電車で行ったけど.終点につくとドアは自分で自由に開けられることを知った。
   今回は歩く時間が多く白根山には登らなかったけど.前白根山と五色山を登った。
   白根山は日光で一番高い山ときいたが.前白根山はもっと高く感じた。
   前白根山を登ってから五色ぬまへ行った。
   五色ぬまは水がすきとっていて.石がとんがっていて足がいたかった。

   月を改め再び日光へ.s62年07月22〜24日.日光林間学校
      22日. 竹町小一仲御徒町=日光=神橋.h. 東照宮周辺
      23日. イロハ坂一華厳ノ滝一中禅寺湖=湯元一戦場ヶ原
      24日. 東照宮=仲御徒町

      作文
   何回も行っている日光だが.いつもとちがうような日光でした。
     一番心に残ったのはきもだめしです。

   昨年.軽井沢で.ず一と泣いていたのに今回は一回も泣かなかった。
     私の行ったグループは.一番さいごでスペシャルでした。(本当は2人ずつなのに6人でいった。)
     コースは本当は.はかばでやるのに.ちがうばしょでやり.道には電気がついていた。
     行きと帰りのコースがちがって.おりかえし地点で.ある葉をとってくるのです。

   戦場ヶ原では今とちがうばしょを通ったので.ながくかんじた。
     温泉寺での10円玉をきれいにしたのは.はんたいに手がきたなくなったように見えた。
     ふつうの温泉になっていると思ったのに.水たまりのような所からわいていたのにはおどろきました。

   東照宮のなむりねこは.どうしてヒゲがないのだろう。
     今でも解決できていないそうです。

      家への手紙
   何回か来たことのある日光ですが.いつもとちがうような感じがしました。
     私のとまったホテルは小西屋ホテルです。

   小西屋ホテルは東照宮のすぐそばです。
     一日目は少ししか見ていないのに.足がぼうになりました。
     明日が思いやられる。


      日光への歩き旅1. 元浅草一東武楡木
      日光への歩き旅2. 東武楡木一中禅寺湖
      日光への歩き旅3. 中禅寺湖一白根山

     白根山一奥白根山・・2008年06月.菅沼より43年振りに届いた奥白根山

     旧hp.PhotoHighwayJapan.日光への歩き旅

   その後2008年06月.46年振りに菅沼登山口から奥白根山を周回する。・・山仲間と
   翌09年07月には富士登山のトレーイングとして.長女が高丸高原からのロープウェーを経て.奥白根山の頂に立つ。