| 夏合宿W.日高北部.十勝.その4 集中地.吹上温泉と十勝岳 天幕焼失事故に関する報告 道東の旅 夏合宿W日高北部・十勝1. コイカクシュ札内川―八ノ沢カール 夏合宿W日高北部・十勝2. カムイエクウチカウシ山―エサマントッタベツ岳―北カール 夏合宿W日高北部・十勝3. 新冠川―幌尻岳―エサマントッタ別川 夏合宿W日高北部・十勝4. 日高下山.十勝岳.道央の旅 日高を下山.最後の1本8月14日晴 再び帯広へ ピリカペタム沢飯場Ts6:30一7:23小:35一8:28八千代発電所.十勝バス¥200.(道南バス.JR北海道バス)9:40 =10:58帯広.商工会議所テ13. 下山 ダンプの通うようなトッタ別川右岸の広い木材運搬用道路を歩み中.1本で八千代発電所にでる。 乗合バスは牧場から背丈の高いポプラの並木を抜け.1時間半程で帯広へ。再び馬齢小畑の広い穀倉地帯を抜けた。 帯広の街並は盆の祭で賑わいを見せていた。入山時とは大分違い人の往来は賑やかだ。 午後,早い時間に早速銭湯を探し入浴.汗を流して鯛焼きとビールで下山を祝す。 以後の北海道合宿 翌s44年は年間研究題目を今年に続き「北海道中央高地及び日高山脈の山域研究」と題し.北海道合宿を主に目指していたが 学内紛争により実行は不可能になる。cL関根 翌々年s45年は日高山脈に男子3pが入山する予定で.前年度の活動が狭まれた為.夏合宿準備山行を企画した。 準備会として同一pによる丹沢水無川流域集中遡行.及びリーダー部員の藪漕ぎ.沢遡行技術山行を只見川源流袖沢で行っている。 そして7月28〜14日に掛け北海道に入るも.ヒグマの出没で福岡大WVが羆に出偶らし.日高山脈の入山は全面禁止となる。 日高3pは現地で急遽全員が帯広から大雪山系へ変更させられた。cL松本. 福岡大WVの遭難 福岡大WV.5人pが逃走中にヒグマに襲われ3人の命が失われた。7月25日.カムイエックカウシ山九ノ沢カールで夕方ヒグマに遭遇 キスリングの中の食糧を漁り一旦姿を消すも.夜再び現われテントにこぶし大の穴を開けて去っている。 翌日出発の準備をしていたところ再び来襲。テントのザックを漁り姿を消す。もしこの時点で下山していれば全員無事帰路に着けたかも知れない。 1時間ほど歩き稜線にテントを張り直し.翌日カムイエックカウシ山を往復するという決定を下す。 その日再度姿を現したのが夕食を終えた午後4時半頃。テントを離れ様子を見ていたがクマが立ち去らない為, 八ノ沢カールにテントを張った鳥取大WCに助けを求める事にした。稜線を下り始めた5人はクマに追い付かれる。 4人は岩場に身を隠し一夜を明かした。逸れた1人は石を投げ如何にかテントに逃げ込むがテントの主は避難してもぬけの殻だった。 翌27日朝,15分ほど下った所でクマに襲われる。2人は如何にか下山を続け救助を要請した。 3人を襲ったヒグマは29日.10人のハンターにより射殺された。ここまで執着したヒグマはキスリングの中に美味しい食糧が入っている事を 学習していた可能性は充分考えられる。 彼等がヒグマに遭遇する前日の24日にも,北海岳友会pが現場近くで同じ固体と思われるヒグマに襲われている。 3つのザックを奪われ九死に一生を得ていた。 事件後.日高山脈は全面入山禁止となり.営林署のヒグマに対する姿勢も一遍に変わることになった。 遭難発生時.我が現役パーティは列車に乗車し.日高山に出向いていた。そして巻き込まれる。 夏合宿,3パーティが入山する予定でいたが現地で入山禁止となり.急遽.帯広より中央高地に廻っている。cL関根 集中地.吹上温泉と十勝岳 |
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帯広,商工会議所の自転車置場 , |
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| 帯広の幕営地 街に下りて帯広でのテントサイドは商工会議所の自転車置き場に指定された。お願いし場所は街の中央にある自転車置き場だった。 幕営地前は県道が走り.車の往来も激しい。家屋に囲まれた空地.整地する必要はないが不思議な気持を起こさせている。 山から下りると何時もは気にならぬ幕営地だが.人通りの多い大通り脇の小空地。お願いしたとは云え何か違和感を抱く場所だった。 写真で見ると路地のような場所だが.目の前は舗装道路。カニ族の団体が居座っているようだった。 屋根はあるもののグランシーを敷き.天幕を被る姿は明るいうちは見世物ならぬ乞食姿に見られがち。 8月15日晴 帯広c13.根室本線6:35=8:40富良野.富良野線=10:00美瑛.国鉄バス¥150=10:50白金.国鉄バス(道北バス)¥70 =11:05望岳台一11:50吹上温泉跡.集中地テ14. 15.16 眠い目を擦り早朝より列車に乗り込む。下界は好天に恵まれていた。 朝の陽差しが車窓一杯に溢れ.全てが眩しいく思えた。 狩勝峠に差しかかり車内放送から終戦記念日.黙祷のお願いが流れてきた。 長い列車の旅.下山して疲れたせいか車輪の音だけがよく響き.優しい音色が子守唄の如く.安らぎをもたらしていた。 座席の空きが目立つ列車にボックスを1人.占領し横たえる体。列車は峠を越えて行く。 明るい陽射しの車内は静かだった。仲間の会話も途切れ.目をつぶればうたた寝が待っていた。 陽炎が立った峠下.夕張は活気もなく寂れた炭坑の風景が車窓越えに流れている。 閉山した間々の荒廃した家屋が建ち並び.侘しさだけを漂わしていた。 美瑛 富良野で乗り換えると.もう直ぐ皆の集っている美瑛に近ずく。 帯広の広大な耕作地帯と異なり緩やか傾斜の無草の丘陵が続く。大きく波打つような丘は聞くところに因ると家畜用の畑が多い。 十勝の裾野は土地は肥えず.稲作農家は苦労しているとのこと。 それから40年近く経った現在.「パッチワーク」の丘として.広大で丘陵は素晴らしい景観が得られ観光地として伸びてきた。 中央ヨーロッパの畑地に類以し連作防止のため区画毎に異なる農作物を植え「パッチワーク」のような畑地が波打つ丘陵に続いている。 昭和20年後半に上田氏が香水花としてラベンダー畑を依託され,それが徐々に広まった。 化粧品用に最盛期を迎えたラベンダー畑が丘一面に耕作される。しかし輸入と合成香料の進歩で一時衰退を余儀された。 近年は観光に脚光を浴び.更に地元では臭い袋や独自加工生産品を生み.観光の名所として知名度を上げている。 テレビ長編ドラマ「北の国から」の放映も多大な影響があったようだ。 美瑛小学校での天幕焼失事故を知らずして.バスは十勝岳の裾野.吹上温泉へ。 北海道に入り.それぞれ分散し入山した仲間達と2週間振り.笑い顔で再会した。 8月16日晴. 集中地吹上温泉跡.白銀荘c14 北海道の大地に棚引く部旗 |
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集中地,美瑛富士と後輩達 , |
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実弾演習 朝方,シュラフを背に横になっていると,「ヒュー!」と砲弾のような風が切る音と共に.地響きがここ集中地.キャンプサイドに伝わってきた。 じっとしていると微かに地面が揺れ動く。皿がカタカタ揺れた。 何事か? と起き上がるも砲弾の声と地響きが続いていた。頭上には「シュー!」.「シュー!」とかすむような響きが伝わってくる。 そして間を空け.定着したのが爆発音と共に食器を微々たりと踊らしていた。 近くに自衛隊の演習場があり.早朝より実弾演習を行っていた。これも北海道かと変に感心するも不思議だった。 不気味な振動と砲弾の飛ぶ音.それに破裂音が暫く続いていた。 十勝岳 全員でピストン 「スキー旅行案内」山と渓谷社.s34.12 十勝岳ウォッ地形図 ![]() s37年爆発口 前十勝岳集中地Ts16. 7:55⇔8:25望岳台上8:35一美瑛岳分岐一10:20十勝岳.新噴火口11:40一12:45. 十勝岳 5時起床.全員で十勝岳ピストンする。 望岳台で1本取る。本土では望めぬ雄大な荒れた原野が広がっている。盆地とは云えぬ広大な広さがある。 見渡す限り続く大地.北海道のスケールの大きさを.ここでも痛感させられた。 大所帯が列をなし.奇声を上げ登った。樹海を抜け廃墟のような硫黄鉱山跡を過ぎると荒々しい岩稜の火口壁にでる。 噴煙を上げる新しい火口を左手にやり過ごし.前十勝岳にでた。独立峰ではないが西側を鋭く切れ落としている。 陽が射しだし噴煙を上げる十勝岳. 荒地が続き日高の山とは又.違った山肌を現している。 十勝岳本峰には東南へ坦々とした砂礫帯を進む。 噴火 十勝岳は大正15年にも爆発し144人の死者と田畑に大損害を与えている。 その後,昭和37年の夏.わずかの間をおいて北アの焼岳.北海道の十勝岳.三宅島の雄山が次々に爆発した。 十勝岳では6月の爆発で硫黄を採掘していた従業員5名が死亡し11名が負傷した。 以来,山頂部の登山は禁止されていたが.39年夏より解除されている。 標高1120mの望岳台からは正面に噴煙の棚引く新しい火口.前十勝岳.十勝岳.美瑛岳などが連なり.広大な展望が得られている。 十勝岳避難小屋 避難小屋は1968年(s43年)に我々の入山に合わせるかのように林野庁上川中部森林管理署の管轄の下.避難小屋が建てられた。 場所は望岳台上から十勝岳への途中に設けられ.我々が入山の折.この真新しい避難小屋を確認し脇を通っている。 水場は遠く冬期以外登山者の利用は少なかったようだ。収容は40人. それから40年.2006年(平成18年)6月の強風により半崩壊し使用禁止となる。そして10月には小屋解体へと進んだ。 尚.当面再建の予定はない。 2006.10.25.台東中央図書館で「岳人」より 十勝岳避難小屋は冬山遭難防止などを考慮し再建され.2008年09月下旬にオープンする。 新小屋は旧小屋沿いの標高1300m地点。木造平屋建て.収容は20人で旧小屋の半分.トイレは未設置 資材費は上川中部森林管理署が提供し.建設費は美瑛町が負担する。 運動会パン食い競争 集合した全参加者我が精鋭パーティか? 笑い顔で最後を締める 集中地.最後に8月18日c16.吹上温泉解散 吹上温泉バス停で解散合宿費 食糧¥3.100.医療¥150.装備¥300.保険¥280.集中地¥600.写真¥150.スライド¥100.雑費¥100 天幕焼失事故に関する報告 唱和43年08月12日.合宿中.美瑛において女子パーティはローソクの火により天幕(61一1)及び7人分の個人装備を焼失する。 経過
一方のテントに集まり.その後,雑談していた。それ為.消防団の人が騒ぎ出すまで全く気付かなかったらしい。 外へ出てみるとローソクが吊るしてあった部分より煙が上がり.天幕の後方から火が燃え上がる。 乾燥していた為.瞬く間に燃え.隣りのテントの延焼を防ぐのが精一杯だった。 ローソクの長さ約15cm.針金の長さ.約25cm・・現役時代として最大の惨事になる。 気侭な珍道中・・・道央の旅 8月18日札幌h17.曇一時雨.同期・・和田.大川.松村 山以外,何も予備知識を持たぬ東京人.三人が札幌にでる。 駅ホームに降り立つと車窓から手を振る大勢の後輩達.照れくさい歓喜の中.共に汗を掻いた仲間と別れた。 札幌駅周辺図 組合基本料金.2食付¥600〜6000タクシー料金.大型初乗り¥200.中¥110.小¥90 ラーメン まず,駅前の交番に寄り.ラ-メンの旨い所を問う。路地に入り込んだ店は.狭く入り混んでいた。 「公楽園横丁」.有名人のサインが壁を埋めている店。来客が多い印ではあるが汚く清潔感はない。 山から下りたばかりの者が言うのも可笑しいが.ここに頷く仲間達がいる。 メニューが凄い。麺に蟹類が乗り高価な値が付いていた。具は贅沢三昧で観光客は皆高価な代償を払い.満足しているのだろうか。 我々は当然.交番で薦められた素朴なラーメンを頼んだ。それでも美味かった。 宿もまた.駅の観光案内所に聞くこととなる。誰も先調べしてきた者は居なかった。 北大付属植物園脇で駅から近い割に質素な宿だった。52.北陽館¥1400 ひと風呂浴び食後.二人を強引に連れ出し夜の薄野へ。狐小路へ出向く。 貯金は全部下ろしてきた。金はあるぞと言いながらスナックのような居酒屋に寄る。 カウンターの上の大きなジャガイモとピーマンが目に付き北海道らしく印象的だった。ビールで乾杯.喉越しよい冷たい苦味が旨く.続けさまに呑む。 合宿を終えた体に酔いは早かった。宿への夜道もほろ酔い加減。夜更けに吹く風が路地を抜け心地よい。 8月19日.札幌.函館本線=小樽.タ=積丹b18 札幌の予備知識もなく,市内半日の観光バスに乗る。 何故か.北大に行き丘でジンギスカン料理を食べた。同期三人は初めての旅,共に北海道に来た証拠が欲しかった? これで話の種ができると。 札幌駅へ向いながら.ふと日本海を見たいと思ふ。積丹半島が頭に浮び小樽へと。 ![]() 積丹に陽が落ちる夕方.早めに小樽駅に降り立つ。 駅前横の市場でハタハタを仕入れた。調理方法は煮魚を勧められた。 もう夕闇が迫っている。タクシーの運ちゃんに野宿できる海岸を頼み.車を走らせた。 着いて.ゆっくり海を見る間もなく帳は落ちる。 慌てて見知らぬ波打ち際にツエルトを張った。小石のゴロゴロする床だが暗くなり我慢せざるえなかった。 朝食風景. 3人とも食欲は大勢 健康そのものの鈴木 天幕で霞む和田 食器不足で飯盒のふたを8月20日.積丹.国鉄バス(JR北海道バス.北海道中央バス)=余市.函館本線=函館=青函連絡船.泊 清々しい朝を迎えた。岩のゴツゴツした海岸の向こうに広い海原があり.穏やかに静かな地平線が見える。 陽が高さを取り戻すに連れ,また今日も蒸す暑さが戻ってきた。 どうも普通の観光客にはなれないようだ。ツエルト内で山と同じような食事を摂る。 国道にでてバス停を見付け余市にでた。昨日.この海岸では水死体が発見され.日本初の心臓移植を行ったそうだ。 車窓から望む限り.海は波もなく鏡のような凪の海原が広がっている。 余市から日本海沿いと別れ.倶知安駅ホームで偶然後輩達に再び出会う。互い笑い顔で交差した。 ホームの売店には旨そうな豪華な駅弁が並んでいた。どれも高く東京でも稀にしか並ばぬ代物が多かった。どれも観光客向けだろう。 新宿から甲府まででも学割を使い.弁当代を浮かす身.倍の値は買う気は毛頭起こらなかった。又もや3人とも並の弁当となる。 すっきり房型に裾野を広げる羊蹄山を西側から線路は巻き.内地のような谷間を抜けると長方部より噴火湾.太平洋にでる。 海岸線にへばり付くよう走る函館本線が走っている。 森駅,海岸に少しはみ出した無人駅,海辺に突き出しているよう思える。ホームは屋根もなければ何もない.台だけのホームだった。 列車が停まると何処からか.イカ飯弁当の立ち売りが始まった。2杯で\50.安いとなると手が早くでる。安くても美味いものはある。 函館本線は大沼廻りの往路とは異なり.駒ヶ岳の反対.山側を廻り込み.沼地を横切って走っていた。 湖畔より黄昏の駒ヶ岳を望みむ。列車はもう函館近くを告げていた。 連絡船を待つ間,最初で最後の贅沢なイカ料理を食べた。生イカの素麺切りが驚くほどの盛り上がった皿がテーブルにでた。 北海道に来た記念にとほうばる我々。そそくさに再び青函連絡船に乗車し,内地へ戻った。 そして青森駅ホームには上野駅まで鈍行のような急行列車が入線し待っていた。 8月21日.青森東北本線急行=上野 夏合宿W日高北部・十勝1. コイカクシュ札内川―八ノ沢カール 夏合宿W日高北部・十勝2 .カムイエクウチカウシ山―エサマントッタベツ岳―北カール 夏合宿W日高北部・十勝3. 新冠川―幌尻岳―エサマントッタ別川 夏合宿W日高北部・十勝4. 日高下山.十勝岳.道央の旅 旧hp.PhotoHighwayJapan.日高.十勝夏合宿W 夏合宿Top |