丹沢の山々Top
       甲相国境尾根
     2008年10月. 酒匂川四十八瀬川から丹沢山塊を横断.檜洞丸主稜から甲相尾根.パン木ノ頭西尾根から道志川室久保川
     2008年12月. 御正体山ヤラ尾根と三国山稜・・道坂峠.山伏峠.三国峠.籠坂峠と4つの峠路

       中川川右岸流域
     2017年11月. 雷木沢左岸尾根から甲相尾根.水晶沢ノ頭―室窪ノ頭から畔ケ丸南尾根.大滝峠上を経て河内川大滝沢

       世附川流域
     2018年10月. 山伏峠から大棚沢ノ頭.要所小屋ノ頭を経て西丸・東丸を擁する尾根を下り.東海自然歩道から丸尾山に回り込む
     2018年11月. 明神峠bsから水ノ木林道・大棚沢林道・バラジマ林道を経て鉄塔管理道分岐―高指山東尾根・西尾根から別荘地を経て平野bs

       大倉から丹沢主稜・甲相尾根を経てバン木ノ頭西尾根
     檜洞丸から朝方の神々しい熊笹ノ峰抜け犬越路で東海自然歩道を越えて.静かな雑木の甲相国境尾根を南下する
         青ヶ岳山荘から大室山を経て甲相尾根を綴り.バン木ノ頭西尾根を下る・・仲間の迎え車と合流し道志「紅椿の湯」へ

      10.30. 鍋割山南尾根一丹沢山主脈
      10.01. 丹沢山主脈一檜洞丸主稜
      10.02. 檜洞丸主稜一道志甲相尾根.バン木ノ頭西尾根・・親子鹿. T先輩.S同期の迎い車.

     風強く星座の散ちばめられていた夜半の空は夜明けと共に風も治まり.今朝は淡い朝霞に包まれている。
   夜明けの白みが薄れ青ヶ岳山荘前から見える筈の西丹沢の核心を綴る谷間は見る見るガスに呑み込まれていた。
   もう目の前に聳える同角ノ頭さえ望めなくなっている。

     今日は時間的な制約がある。よき友との迎い車の待ち合わせがある。犬越路を越え大室山から加入道山を抜け.室久保川を下ねばならない。
   平日2便しかない路線バスの日曜日は休便になる和出村から富士吉田までタクシーで1時間を要する。そこを滝島先輩と同期鈴木に迎えて頂く段取りになっていた。
   室久保川林道ドン詰まり.野外活動センターまで入って頂けると嬉しい言葉を頂いている。今回も仲間達に感謝する楽しい山行になっていた。

    中川川流域・・東沢本棚沢とカル沢
   眺望の開けた通称展望台より.6:36

    11月02日快晴.檜洞丸―大室山
      青ヶ岳山荘6:20一7:30小:40一8:20犬越路一8:50小9:00一9:45大室山分岐⇔大室山.10:00.

     遠くおぼろに見えるのが畦ヶ丸. 中央下の尾根は大笄(おおこうげ)と小笄の間から南西に延びる1125m点尾根。
   末端は東沢と用水沢の出合になる。西丹沢.中川川の源流に当たり犬越路を越え大室山へと登り返す。

    昨夜.望んだダイヤモンド富士
   夜明け・・檜洞丸直ぐ下の展望台よりまだ眠る大地.6:37

     大室山へ.犬越路へ下りだすと檜洞丸の北側の肩が開かれ.朧な明け方の甲相尾根と道志の主稜.御正体山が雲上に姿を現した。
   富嶽の裾野に構えるのはは西丹沢の屏風岩山東尾根。綴る右上が畦ヶ丸から左下の箒沢権現山に吊尾根が延びている。
   その下に流れるのは河内川の支流の東沢の源流になろう。

     檜洞丸から犬路路へ下ると共に山々に覆い被さる層雲が消え.突然朝霧が退いた。そして雄大な富嶽を背に壮大なパノラマスクリーンが映し出されていた。
   日が出るも裾野はガスの中.山陰と重なり合い.西丹沢の山々は遅い夜明けを迎え.幻想的な景観を呼び起こしている。

     西寄りの富士の裾野を越え.延々と繋ぎ重なり合う山並が.濃い墨絵の如く青みを帯び開かれていた。
   ここにはまだ夜明け前の陰りが漂い.朝焼けの前兆の冷たい大気が漂っていた。

    朝焼けの輪郭を現れだす山並
   朝焼け・・犬越路へ大コウゲ付近で夜明けを迎える.6:37
   御正体山から綴れてる富士山直下に至る小さなコブが三国山. 手前の畦ヶ丸左奥が菰釣山.右奥が大界木山と甲相の境界尾根が峰を連ねている。

     夜明け
     日の出を雲に遮られ次第に白味を帯びた大地は夜明けの薄い暗いベールを次第に剥がさだしていた。
   すると周りの夜明けを待つ山々が影絵のよう描かれた。少し赤みを含む朝焼けも含まれている。

     道志の山々を隔てる桂川の先に御坂の山々が薄い赤紫色に映り出された。大きく確りした輪郭で映し出すのが御正体山。左背は三国山稜と続く。
   今年師走には29日から30日に掛け.道坂峠.山伏峠.三国峠から籠坂峠へと峠越をし.幼馴染と御正体山から三国山稜を抜ける積りでいる。

     その右肩遥か彼方には南アルプス連山が白銀の稜を朝日に煌めさせている。聖岳や赤石岳だろう。
   ただ名指す頂の起伏はまだよく分からなかった。夜明けを迎える世界が開かれ.その1つづつが昼間の世界に取り戻されてる。

     目を右側に向けるとjr中央東線沿いの山々が望め.近くに南大菩薩から重なる連山の奥には奥秩父らしき山々も見渡せられた。
   これらの大パノラマを望み.大地に向かい真っ直ぐ尾根を下る私達。語る言葉に必要はなくない。無言で歩み.下っては変わりゆく山波の姿を仰ぐ。

    大きな熊笹ノ峰と1551m点コブ
   秘境漂う巨樹のブナの森がある熊笹ノ峰.6:37

     神々の住む峰
     起伏の激しい荒れた山稜を越え.檜洞丸から道志の山々を一望し.小径を下ると熊笹ノ峰1523mの台地に入る。
   地名の如く笹原に被われた穏やかな台地は尾根幅を膨らませ.広く秘幽の森を創り.そこには小径が回り込むよう綴られていた。

     ここは驚くことに太古の森が潜める神々が安住する秘たる場所を創り出している。しっそりした漂いと静寂に満ちた深い樹林の森。
   又朝露のしっとりした湿めり気が漂わす森では薄いモヤのベールを包ませていた。ひんやりした心地よさに.ブナの息づきが感じさせられている。
   今.先輩と二人だけがその中に居る。穏やかな大地になり自然と足も緩む。何百年も見守るブナの巨樹林が奇形を造形し森を見守り続けている。

     主稜線を左に回り込んだ所がピークになるも.それを示す山名標さえ分かりずらい森の中だった。
   森の端の茂みの草付で今日も親子鹿と出会っている。一昨日.夜中に遭った鹿の群れとは違った優しい低い声で「キーンー」と啼く。
   遠く近くでその響きを聞き.草を食べる続ける鹿。本当に丹沢は鹿が多い。

    迎え霞む加入道山と大室山
   大笄(おおこうげ)付近にて.7:09

     神ノ川に降りる矢駄尾根を右に分け.更に主尾根を辿ると緩やかな山頂が大笄。
   暫くは正面に大室山の大きな山容が望め.標高を下げてゆく。

   小笄(ここうげ)への登り下りは連続して固定ロープや鉄梯子が付けられている.7:23

   朝方の1本が心地よい.7:43

     熊笹が背丈を伸ばし覆い被る小径は足元が見え難くなる茂み。もう傾斜も緩み犬越路への峠が近ずいた。
   踏む足元下には犬越路隧道が潜り.犬越路のバイパスとも云える踏み跡を右に分け下ると道標があり.東海自然歩道と林道の隧道北口を分けている。
   犬越路隧道は河内川中川の西丹沢自然教室から神之川ヒュッテを結ぶ隧道。東沢林道.犬越路林道を経て.峠越えをすれ神之川林道へ下っている。

    谷間はまだ厚い雲の中
   犬越路の下りで.7:58

     左.石棚山稜からの板小屋沢ノ頭尾根と中川川流域。手前は山陰で見ずらいが重なるつつじ新道が乗る尾根になり檜洞丸の分岐にでる。
   奥中央が箱根外輪山.金時山. 右奥が愛宕山塊. 見えぬ更に右が御殿場の裾野になる。又箒沢権現山吊尾根の右奥が屏風岩山。

    日向の南面.大室山へ
   陽の射しだした犬越路.用木沢コース分岐.8:27

     犬越路
     人との擦れ違いも更に少なくなっている。熊笹は背丈を高め.尾根筋の小径を被うようなった。
   両側に絡む枝木も小径に被りだし.茂みが濃く.西丹沢の山々や神ノ川の谷間は全く覗き込めなくなった。径も余り踏まれないようだ。

     ペースよく犬越路を越えている。東海自然歩道上に立派な避難小屋が建てられていた。
   北側小屋半分が土間で大きなテーブルがドンとあり.板床は東側を占め暖かそうな確りした丸太小屋。
   1組のパーティがシュラフを広げ.のんびり朝方のひと時を過ごしていた。積雪のある時期にここに宿り.登るのも楽しいだろう。2005年12月再建..

     犬越路(いぬこえじ)は神奈川県西部.相模原市緑区と足柄上郡山北町の境に位置する1060mの峠で丹沢主稜の最低地点にある。
   又風巻尾根から下りてきた東海自然歩道は隧道の西側鞍部.犬越路を越え犬越路沢を下るコース。東海自然歩道中.一番の難所になっている。
   峠の南方が開かれている。

     犬越路とは武田信玄が小田原の城主.北条氏康を攻める際に.あまりにの険しさに犬を先導させ峠越えをしたことに由来していると云われている。
   又犬(イヌ)は「イノ」の転化であり.現地の方言で険しい道を意味する。約200m西に位置るす大杉丸は1168.6mの三等三角点の名称はイノコシ峠で.
   「イノ」の由来した地名は信玄の伝承に結び付けられ犬越路となったとの説がある。

    霞む富嶽下に重なる菰釣山とモロクボ沢ノ頭
   白石川側右景・大室山の登りで右奥が霞む道志御正体山.9:10

    畦ケ丸の右側のモロクボ沢ノ頭から続くパンノ木ノ頭. 奥は平坦に延びる大界木山1234m。
    畦ケ丸の左手前は善六山北尾根でモロクボ沢に没し.上流の谷間は西沢になる。モロクボ沢出合が水晶沢ノ頭雷木沢右岸尾根。

     大室山へ
     急登で大杉丸1168.6mを登り返すと一気に高度も高くなり.東方の朝陽を背に浴び.明るい斜面を駆け上がる。
   鞍部を越え急斜面はなだらかな登りになった。距離を稼ぎ大室山へ。

     途中で先輩が林檎の原種「かいどう」を見つける。小枝から落ちた小さな2cm弱の実が径を塞ぎ.散らばり落ちていた。
   口に運ぶと渋い味が伝わってきた。小さくとも齧る感触と実は林檎そのものだった。

    箒沢権現山と塩地窪ノ頭
   白石川側左景の左アップ・北尾根の落ちた所がモロクボ沢出合になる.9:11
    箒沢権現山の左肩,遠方中央が霞む不老山..右肩の吊尾根の奥が屏風岩山

     枠外の畦ヶ丸右手前の山は善六山に繋がる塩地窪沢ノ頭1033m。扇状に広がるのは東尾根と北尾根で.北尾根はモロクボ沢出合に没している。
   2012年04月.西丹沢.中川川西沢右岸尾根・・畦ケ丸から善六山を経て屏風岩山から2本杉峠へ
   2017年10月には大滝沢鬼石沢左岸尾根から権現山吊尾根―畦ケ丸から善六山.塩地窪ノ頭北尾根を下降

    初めての大室山
   二等三角点標石.1587.6m.基準点「大群山」.9:58
   広々とした富士隠しの異名を持つ大室山.

     最後の登りと気合を入れ大室山への小径を登る。1本取ってからジグザグに進めば尾根の分岐にでる。
   右手にピストンした頂はもう落葉し裸林に囲まれているるにも係らず眺望は得られなかった。刈り取られたような広い平頂の台地にでる。
   又頂台地に幾つものイノシシの長い掘り起しを見る。知恵でミミズの居場所が分かるのだろうか。

     今年は雲取山石尾根から2度ほど.この大室山の大きな山容を見詰めている。又三頭山笹尾根を高尾山まで繋ぎ.縦走する間に何度も望んだ山。
   つい最近まで恥ずかしいながら全く名さえ知らなかった頂。昨年から奥多摩の山々を歩くようなり.山で教えて頂いた山でもある。
   北側の遠方から常に望める三角錐の独立した山は大小はあるものの相州大山と大室山だった。今.道志側のその1つ.大山に立つ。

     大室山(大群山.大牟礼山)の別称は富士隠しと武蔵の国では呼ばれ.どっしり裾を広げた山容は首都圏や奥多摩から目立つ存在だった。
   同様な山名で呼ばれているのは東吾妻町や長野原町から浅間山を隠してしまうことから浅間隠山。
   草津白根山の南東の尾根に付けられた白根隠し.日光白根山の南東に位置する白根隠山など以外と多い。

    何処からも大きく眺められる大室山
   南方の相模川の中央東線の陸橋から・・2019.01.11/14:52

     矢ノ音.イタドリ沢ノ頭へと縦走し.相模湖北岸の吉野の甲州古道にでて.中央東線.藤野駅手前の陸橋からの夕暮れの展望。
   歩む向かいに眩く霞み眺められるのが北丹沢の大室山。手前は前道志東端の秋川流域になるのだろう。

    裏側からの甲相尾根・・大室山・加入道山からパン木ノ頭西尾根
   道志川を隔てる菜畑山の頂から
    道志,大旅沢流域を取り囲む尾根を周回した折.菜畑山からの道志川を隔てての展望・・2016.11.04/12:10

   御牧戸山東肩からの凛々しい姿・・2017.04.05/11:34

     右奥に聳える菰釣山を経て甲相尾根は山伏峠へと連ね.山中湖を囲む三国山稜と結ばれている。
   ここ大室山から道志川へ下る3つの藪尾根が北側にある。地図を見ていると心を注られるところだが交通の便は極悪い。

     雑木覆う甲相国境尾根・・大室山〜バン木ノ頭西尾根
      9:45大室山分岐10:00一10:30破風口一10:55加入道山11:25一12:30バン木ノ頭:45一13:40室久保川.野外活動センター.

    大室山からの下山は甲相尾根伝い。
     大室山・加入道山から前大室・白石峠・水晶沢ノ頭・ジャガクチ丸・パン木ノ頭と越えて.枠外のモロクボ沢ノ頭・大界木山から大らかに湾曲され山伏峠へ。
   菜畑山の頂にでた所で樹海は開け.正面は伐採され.甲相国境尾根が屏風を連ね望まれる。
   パン木ノ頭から斜め左へ延びる西尾根を下れば青少年野外活動センターにでる。そこには仲間の迎い車が待ち構えていた。

    甲相尾根・・前大室と霞む富士
   暫くは富士山を正面に仰ぎ歩む.10:11

     甲相国境尾根
     甲相尾根とは丹沢山地の丹沢主稜の内. 大室山以西の山梨県(甲斐国)と神奈川県(相模国)の県境に延びる延長約20kmの尾根
   又丹沢山地と富士の裾野から山中湖.道志山地に繋がる山域の境でもあり.旧峠道が幾つも横切る主尾根にもなっている。
   戦国時代の国境でもあり.山伏峠を源として湖畔と道志川側沿いには点々と集落が群がり.そこに「道志みち」が綴られている。

     大室山から分岐に戻り.ブナ林の美しい木道を下ると急坂になり.破風口の鞍部に着く。林相よく歩き易い穏やかな下りになる。
   富嶽の雄姿に出合うとビックリする程馬鹿でかくなっていた。富士を真向いに迎え.甲相国境尾根を南下する。

     ただ展望は何処も藪絡みで視界が利かず。時折網の目のような樹間から道志の河原沿いが白みの帯とし見下ろされている。
   加入道山手前の小コブ.ここ前大室1420m圏コブは道志川に下る田代沢ルートとヤケハギ尾根を下る踏み跡の分岐でもある。

     その先.加入道山との小さな窪みの鞍部は馬場峠1380mと呼ばれていた。神奈川県では最も高い峠とされた峠。
   ただ分岐も.地図の記載もなく.地元の人以外は知らずして通り過ぎてしまう峠だった。

   植生保護柵と境の違い,茂みの先は加入道山.10:22
   三等三角点標石.1418m.境界点名は「加入山」.

     加入道山
     コースタイムをやや縮め.加入道山でコンロを点ける。目の前に避難小屋があり.乾いた枯草地に腰を降ろした。
   日帰りハイカーの何パーティかが同じように.ここで昼食を摂っている。

     水はふんだんにある。クリーム入りの硬いフランスパンにクリームオニオンスープ.そしててコーヒーと。
   食べれば体は動く。時間はまだ十分にある。軽くなった気がするのも不思議だった。ゆっくり明るいカヤトの尾根を歩む。

    秋空に広がる甲相国境尾根
   富士の裾は山中湖.10:31

    甲相尾根
     甲相尾根は大室山から道志川沿いに遡り.山中湖を迎えて三国山稜へと続いている。
   白石峠は北側の窪みを越え.約20mほどの小高いコブ1307mの上にあり.西丹沢北側の山域.甲相尾根側の展望に優れている。

     白石峠より更に境界尾根を歩む。右上が前大室1425m.左手に移り加入道山1418m.2つのコブを越え白石峠。コブ1つを越え水晶沢ノ頭1278mへ。
   水晶沢ノ頭の上が大界木山。その間の左に低くモロクボ沢ノ頭。左に折れれば畔ケ丸へ。モロクボ沢ノ頭を被うような山容の狐釣山1379m
   更に斜上して御正体山1682m.その下のはっきりしたコブが鳥ノ胸山1208mになる。

     シャガクチ丸1191m.バン木ノ頭1180mは水晶沢ノ頭裏側に続く山稜が低く重なっている。
   バン木ノ頭からはモロクボ沢ノ頭.広大な台地が広がる大界木山。右肩からは菰釣山(こもつるしやま)1379mと続く。
   大棚ノ頭から山伏峠を越え甲州側に入れば中央の御正体山が望まれる。・・大室山西側の破風口附近よりの遠望.

     迎い車
     加入道山から笹の緩やかな登山道を下り.室久保川.道志コテージへの分岐にでる。本来はここから下山する予定でいた。
   道志川沿いは公共の交通の便が悪く.特に日曜日は先への行程を妨げられていた。それが意に反し迎い車に導かれる。
   夏の飯豊山行に続き滝島先輩.同期鈴木が冷たいビールと共に迎いに来て下さった。

     それに甘える私達。次いでにもう少し甲相尾根をバン木ノ頭まで歩きたいとお願いした。快く承諾して頂いた2人に感謝。
   折角のチャンスだった。少しでも長く甲相尾根を西へと長く歩みたかった。

     白石峠の分岐を過ぎると更に尾根径は静かさを増している。心はこの上もない極上の気分になっている。
   稀に会う人もいなくなろ。延々と東側白石沢沿いに植生保護柵が設けられていた。

     落葉が舞い積もった枯草がカサカサ足元に音を立て.日溜まりの小径が続く。木洩れ日は限りなく続き.ここだけではの新鮮な光りを放っている。
   丹沢表尾根とは全く違った枯れ落ちた静寂漂う小径が綴られている。又三頭山笹尾根とも比べようもない落葉絡む径が続く。
   深々しく小径を被い.落葉に埋まる種類も多い。

     甲相尾根を下ってからだろう。冒頭での話通り.山に対する見方が少し変わってきた。
   人がいず.静かで枯葉を踏む.同じような雰囲気の小径を磁石を持ち探しだすことが東京近郊の日帰り山行の条件になってきた。

     新年を迎えまず東丹沢の端.鍋嵐や大山.三峰山の山々に目を向けるようなる。
   ここで学んだのが鉄塔巡視路の径.そして踏み跡として経路を歩む。過っての利根源流の藪とまでは行かないくとも.山への目標が開けだしていた。

    水晶沢ノ頭
   甲相尾根の確りした山径.10:51
   水晶沢ノ頭1278mは見た目より低く感じられている。

     道志の径
     白石峠からバン木ノ頭のコースを「小さな上り下りの多い稜線で労力のわり地味で歩く人は少ない。」と以前,雑誌で読んだことがある。
   私は反対に思っている。尾根上は林相の美しい樹林帯で満たされ.晩秋だけでなく.雪残る早春や新緑にも想う更けられる道と思っている。

     表丹沢の大倉から歩んで来た登山道。擦れ違うハイカーとも少ない山行だった。雫が落ちる如く.人との触れ会いも徐々に少なくなった。
   連休にも拘らず甲相国境尾根にでて.この境界の尾根伝いは更に人寂しさを増している。

     静けさの中に深遠な息吹きが感じられ.幼い頃幾度も歩んだ伊那の裏山を想い起こさせていた。
   ただ盛夏に歩むには蒸すのみで如何だろうか?

     今の時季.この尾根径は枯葉に全てが埋め尽くされ.裸土に直接触れることは殆どない。足元はカサカサ音を立て深い枯葉を撒き散らす。
   もう樹々の枝に辛うじて残っている樹葉は.冬木となり麓のような紅黄の鮮やかさはなくなっていた。
   静かだからこそ.友の足音も耳にする。見えぬ踏み跡を踏みしめる。人が居ないことが不思議な贅沢な時間を満喫させてくれていた。

    もう霞みだした右上に聳える大室山
   白石峠を過ぎると殆ど眺望はなくなる.12:34

     大きく右に回り込む所でシャガクチ丸1191mにでる。地元ではの山名が多くなる。
   漸く小さくなった大室山が木立の間から振り返ると望められた。そして小さなピーク.バン木ノ頭にでる。

     この尾根の先には思いのほか近く.南側に菰釣山が聳えている。
   周りは閑散とし.何もが目立たぬ姿で.ひっそり唯づむ尾根筋が山伏峠.山中湖方面へと続いている。

     前を歩む先輩が鼻歌を口さんでいた。彼とは長い付き合いだが初めてのことではないだろうか。
   辺りと溶け込み軽やかに落葉を蹴り.自然と心を躍らしている。

     鍋割尾根から入山し,鍋割山稜にでて.丹沢主脈,蛭ヶ岳を経て主稜の檜洞丸へ。そして道志の径に入っている。
   何処も比べることのできぬ異なった山稜に.変化に富んだ尾根筋の小径が綴られていた。

     山を下りつる締め括りは人寂しいありふれた山径に戻っている。谷沿いに下り.何処にでもあるような低山の作業道が又よいのかも。
   裏丹沢の甲相尾根は想像していたどうり.私好みの尾根だった。その枯葉を踏みしめ.私は山を下りる。仲間の待つ里へ。

     この道志川流域は麓より頂まで.それ程時間を要する山々ではないが.アプローチとして公の便は極悪い。
   車で迎いに来て下さった友に甘えに甘え.白石峠から短いながらボン木ノ頭まで歩むことができた。又贅沢過ぎる山行だった。
   先輩の言葉.「静かだ!」の一言が下山の歓びと共に.ご馳走が1つ増えた気を起こさせていた。

    パン木ノ頭西尾根
   艶やかに飾り立てられた山腹.13:01
    下山路から檜沢へ

     パン木ノ頭(番木山.番木ノ頭)は西尾根を持つコブだが.コブとも云えぬ小さな1180m圏の突起。分岐のテーブルで1人のハイカーが昼食を摂っていた。
   私達も相席し最後の食べ物.リンゴを齧る。美味いと頷く彼。そう言えばレモンを食べていなかったと嘆く先輩。忘れ.ザックの脇下にレモンが1個残されていた。
   昨日食べたかったと云うも.彼も私も忘れていた。今はリンゴを美味そうに齧っている。

     菰釣山への径を分け右手に折れ,道志に向かい荒れた西尾根を下り.甲相尾根の稜とも離れる。
   ツガの巨木林が随所に現れ枝を大きく広げ.下山路をを被っている。

     まだ落ちぬ紅葉に綴られた小径は展望も失われていた。尾根末端まで下り檜沢の沢底にでる。
   左手から大界木山とモロクボ沢ノ頭との鞍部.忘路峠への径と合わさった。下り切った檜沢出合が横浜市野外活動センターに入る。

    檜沢右岸の作業道
   室久保川本流.キャンプ場付近.13:21

     裾野
     下流に入ると左岸沿いの緩やかな植林帯に入る。周りの杉林は綺麗に間伐されているが作業道は歩き難し。
   整備された杉林に感心する先輩. ただ伐採した倒木はその間々放置されていた。
   跨ぐよう歩み広い河原の室久保川.野外活動センターにでる。待ち合わせの14時に間に合い.13時15分合流にした。

     室久保沢を遡る林道は出合から「道志の湯」.横浜野外センターを経て.支流ノマノ沢を詰める浦安峠(平指山と大界木山との鞍部)を越えている。
   そして恋路峠(恋路林道)から道志川上流側の三ケ瀬川(せがせ)東沢の林道と結ばれていた。戦国時代の古い峠路.この奥は廃道が多いと聞く。

      嬉しい仲間.SとT両氏と再会

     別コース
     滝島,鈴木両氏は今日,活動センターからノマノ沢を遡り.浦安峠から大界木山を越え.先程の分岐よりヴァテイケーに回り下山している。
   バン木ノ頭にでて.私達とそれ程時間は違っていなかったらしい。昼食の仕度をしているハイカーと分岐で2人は会っている。
   仲間達の下った後.直ぐ我々も同じ径を下ったことになる。「又来たい!」と願望の言葉を吐く滝島氏。私もそう思っている。

     甲相尾根の分岐から南西に550mほど進むと城ケ尾峠を越える昔道がある。
   南方へ地蔵尾根を下り地蔵平を経て.大又沢沿いを下れば丹沢湖へ結ばれている。古道は「さかせ古道」と呼ばれていた。
   武田信玄が道志村から小田原の北条氏を攻撃した軍道でもある。この折はまだ.この廃道に踏み込む藪山への関心は浅かった。

      13:40室久保川.室久保川.林道野外活動センター.合流=道志「紅椿の湯」16:30=17:58jr高尾中央快速¥890=18:55神田.
     迎い車
     着いた室久保川林道.野外活動センターは閑散とした所だった。設備は整うも夏シーズンのみで.人の気配は全く見られない。
   紅葉の真っ盛り.この秋の一番よい季節に閉鎖とは勿体ない気もするが。
   同輩鈴木からビールの差し入れを受け呑みながら車中の人となり.末端から舗装された室久保林道を下る。

     直ぐ左手からは林道越路線を合わせ.この林道は鳥ノ胸山の東麓を横切り.川原畑にでている。
   室久保川下流の最初に予定していた道志コテージ(廃止)は大分先.下流側にあった。

     又室久保川下流には村営「道志の湯」があり,滝さんが入る予定していたようだが秘境ブームで駐車場は満杯だった。
   出合の「日野出屋」は宿泊者以外入浴できず.結果的に道志川下流にある道志「紅椿の湯」に向かうようなる。

     「紅椿の湯」は大室指上流1k手前右岸にあり.更に遡れば林道田代線を横切り.前大室にでる踏み跡がる。
   林道を右折るれば先程通過した「道志の湯」の直ぐ下流にでている。左折は田代椿線に入り大室指椿線と結ばれていた。
   この付近は大室山北面を登る踏み跡ルートが幾つも並行して延びている。

     「紅椿の湯」にゆったり入浴.機嫌のよい見城先輩が酒をドンドン注文する。喉を潤すビールに旨い酒。
   仲間と呑む酒は更なる旨味が加わっている。滝島先輩は今回も運転のため酒を辞退して下さった。

     美味そうなカツ丼をほう張りる先輩の顔を覗き込み.その笑い顔に感謝した。
   道志川基盤断裂温泉帯.地下1500mより自噴温泉.カルシュム.ナトリュウム酸塩温泉.無色無臭の柔らかい湯.¥1000

     ほろ酔い嗅げんで道志の道を抜け.甲州街道大垂水峠へ。煙草を吸うのは私だけである。紫煙に怒らぬ皆さんに又もや感謝。
   帳と共にjr高尾駅にでた。

    東丹沢から綴ってきた山並
   道志道坂峠南肩より
    霞む丹沢山塊南面.2008.12.29

    左が加入道山と重なる大室山.甲相尾根を畦ヶ丸と大界木山.手前は室久保川と三ヶ瀬川を隔てた鳥ノ峰山(とんのみね)
    奥に霞むのは蛭ヶ岳.熊笹ノ峰.檜洞丸.右に伸びる塔ヶ岳

    野外活動センター
     青少年野外活動センターは横浜市の道志村と提携したキャンプ場.今年度は夏期期間7/21〜8/31日までで短く後は閉鎖
   又室久保川林道はキャンプ場まで舗装

    神ノ川ヒュッテ
     ヒュッテは1958年(s33年)春に地元の佐藤盛次氏が建設。現在は「相模原牧野財産部」が所有し「神ノ川ヒュッテ管理委員会」が
   委託運営している。檜洞丸や大室山といった北丹沢登山のの拠点として通称「佐藤小屋」の名で登山者に親しまれてきた。
   1962年(s47年)に台風の影響で土砂の流失はあったが被害は小規模であった。

     昨年2007年09月.台風9号の影響でヒュッテが土石流に埋まり大きな被害を受ける。
   大室山に端を発する日陰沢が氾濫し.東海自然歩道を抉り取り.土石流は木造2階建て本館1階内部を約1.5mの土砂で埋め尽くした。
   避難小屋を除くロッジ.トイレ等周辺施設.林道は使用不能となる。

     県による再建が難しいことから管理者の藤野山岳協会は再建ボランテァを結成し.今年08年06月末に土砂を取り除いた。
   以前と同じ収容40名.4〜12月営業.

   2012年10月.神ノ川ヒュッテに入る。ヒュッテは冬季閉鎖されていた。風巻尾根から姫次.平丸分岐を下る。

      丹沢の東海自然歩道
   道志沿い.東野々一焼山一黍殻山一姫次一神ノ川日陰沢一犬越路一白石沢用木沢一中川川大滝沢一畦ヶ丸一大棚ノ頭甲相国境尾根一三国山

     昨年の台風の影響で山径の崩壊激しく.まだ完全には改修されていず。
   暮れは幼馴染と富士山撮影山行のため昨年の三ッ峠山に続き.御正体山から三国山甲相尾根へ出向く。

     資料は学生時代以来.初めて購入した「山と渓谷」2007年1月号.(いまがわかる山の辞典)の地域研究「丹沢」を参考とした。
   道志川沿いの月夜野とは県境で富士急山梨バスと津久井神奈川バス(=三ヶ木=橋本)とに路線は別れている。

   初めて真空パックを利用.やはり調理済は便利. 残量飲水は計1000cc.スナップも初めて100枚撮影
   地図はs35年0月30日発行の1/5万地図「秦野」を使用

    間伐材利用の新しい試み

     最近山に入ると捨てられた間々の間伐材が倒木帯をなしているのが目に余るほど目に付く。
   その改善として又地域の活性化の為.新しい試みが四国香川県内で行なわれていた。

     切り捨てられた間々の間伐材を電力発電の燃料に活用する方法である。大量の石炭を必要とする発電は膨大な炭酸ガスを発生させている。
   石炭に変わるものとして木屑チップを原料とし炭酸ガスの発生をも失わさせる方法である。
   木屑チップの使用は世界的にも炭酸ガス排泄量0として認定されている資源である。

     人手不足,資金等で切捨てた倒木が覆う現在の山々を共同事業で林道を造り列状間伐の方法で運搬手段を縮小させている。
   自家発電の使用と販売.発生する熱は地域に還元させ.更に発生しない炭酸ガスはその分販売でき法律もできている。
   地域の活性化にも寄与し.それは山林の環境整備にも係わる素晴らしいシステムである。

     現在各企業でも木屑チップによる発電が行なわれ始め.山には切り捨てられた間々の間伐材が残されている中,
   チップの不足も出始めている。輸入材による採算性や人手不足等.主な原因は多かろうが1つの対策として行われ始めている。

   「マルとムレ」.山の接尾辞

     「マル」
     日本中で山名の接尾に「丸」の付く山の密度が一番濃い地域は山梨県.東京都k.神奈川県の境が接するあたりで,
   ざっと数えて80は下るまい。とりあえず神奈川県に位置する丹沢山塊の檜洞丸を分析してみる。

     山上から檜洞沢が流れ落ちている事から「檜洞ノ丸」と呼ばれるようなった。古くから丹沢山塊では峰を「丸」と呼ぶ風習があった。
   丸が接頭語の場合は形容としての円頂峰であるが接尾に付いたら峰を表す韓国語の「丸」である。
   この地域には渡来人が移り住んだとと云われているから.こいした山名が多いのも納得できる。

     「ムレ」
     北部に目を転じて「おおむろ山」がある。地図により漢字表記は大室山.大群山kk.k大牟礼山と一定しない。
   「日本書記」ではズバリと答えている。朝鮮半島では城が築かれた山を牟礼と呼んでいる。

     朝鮮では山を「ムレ」と読んでいた時代があった。
   現在大分県にはこの牟礼系の山が集中しているのも伝播経路として朝鮮半島との近さを感じさせる。

     この牟礼を基本として「日本書記」では「峰群の嶺」(オムラ).「小丘が上」(オムレ)となって山の「ムレ.ムロ.ムラ」が怪しくなっている。
   大室山.大群山.大牟礼山の混乱の元は語尾のラリルレロの互転である。・・山と渓谷2008.8月号.谷有二著より

     10.30. 大倉から鍋割山南尾根一丹沢山主脈
     10.01. 丹沢山主脈一檜洞丸主稜
     10.02. 檜洞丸主稜一道志甲相尾根.バン木ノ頭西尾根・・親子鹿. T先輩.S同期の迎い車