鶴川と初戸川の二俣.初戸から権現山北尾根を詰め.尾名手川を取り囲む尾根を綴る・・権現山陵周辺Top

   好天に恵まれ初戸の腰掛林道から甲東権現山北尾根に乗り権現山陵.大寺山尾名手尾根へと綴る
     権現山北尾根から権現山稜を西方へ回り込み麻生三山.三ッ森三山.尾名手峠を経て.大寺山尾名手尾根を下り阿寺沢へ回り込む
                                                   2011年01月18日.単独
    腰掛林道から権現山北尾根
    権現尾根と大寺山尾名手尾根・・阿寺沢

   西側から望む権現山北尾根
   左景.鶴川阿寺沢地区.
    三頭山から久し振りにラッセルして下りで.独り郷原の台地からの眺め・・2016.02.02/15:19

    権権山北尾根と大寺山尾名手尾根
   槇寄山1001m点の南西尾根を下り.

     尾名手尾根を下る・・権権山北尾根を隔てる尾名手川の手前が尾名手尾根で.右上の膨らみは北尾根の973m点の枝尾根。
   画像の手前に延びるのは坪山東尾根の末端で足元を横切る鶴川本流に没し.中間に延びる尾根は尾名手尾根の末端部分で.阿寺沢川出合に落ちている。

     三頭山笹尾根を高尾山へ縦走U. 三頭山からムシカリ峠.クメタチタワ.西原峠(郡内峠).日和田峠.上平峠(数馬峠)から大羽根山北東尾根
   都民の森.鞘口峠・「ブナの路」から笹尾根を東進し槇寄山.上平峠.笹ヶタワ峰と進み.大羽根山で迷い森沢林道を下り桧原街道.出畑まで歩んでいた。
   再び山登りを始め.その折.奥多摩の日帰り山行の概念を掴もうとして.迷ってしまった。その折撮影した尾名手沢を取り囲む尾根。

     改めて国土地理院「猪丸」の地形図を見詰めていると何処でもありそうな平凡な尾名手尾根にも.何か気持ちが惹かれることがある。
   一昨年秋に季節バスを利用し鶴川上流の奈良倉山東尾根から佐野の古道を歩み.錦秋の黄葉美を味わっている。
   今回はその南東側に延びる市界尾根の権現山稜と境をなす大寺山。尾名手沢を取り囲む.寂びの利いたような冬木の満る尾根を綴ることにした。

     権現山の頂から北に延びる鶴川とその支流・尾名手川の合流点に没する顕著な尾根が権現山北尾根。
   その北尾根を詰めて.大寺山に繋がる尾名手川を取り囲む源流の山々を権現山から麻生山と三ノ森.大寺山へと回り込み.尾名手尾根へと繋く。

     何処も穏やかで柔らかい枯葉に敷き占められた尾根を持ち.又痩せた北峰を過ぎると登山道からも離れ.ひっそりした寂峰に囲まれていた。
   尾名手尾根は大きな枝尾根もなく.藪絡みの薄い奥深い里山として鶴川平野田の集落へ一直線に下りている。

     入山は西原峠から葛野川左岸尾根の縦断も考えられたが距離が短過ぎ.権現山北尾根から尾名手川を取り囲む尾根に回り込む形を取る。
   ここは初春の芽ぶきの頃からツツジの咲く頃が若葉が芽生え.一番薦められる時期だと云われている。
   今は路線バスの便も悪く.下山の最終バスも早い。時間との制約になるが冬木と薄い日差しを冥一杯浴び.一人歩むことにした。

     追伸・・それから16年が経ち.25年5月には鶴峠から奈良倉山.佐野山.西原峠と続く林道を分け..小寺山.大寺山と三ッ森北峰の山々を訪れている。
   林道周りに生い茂る樹林は高木に育ち.あれだけよく眺められていた展望は殆ど隠され見えなくなっていた。それに変え.落葉は更に足元深く積り.
   枯葉のラッセルが築かしている。

    権現山北尾根
   jr上野原駅から初戸バス停まで30分.9:07

     初戸には鶴川の支流初戸川の出合があり.県道18号線.上野原丹波山線は右手の支流沿いを綴り.先は鶴峠を越えている。
   又.近場の笹尾根南面に広がる集落を繋ぐ.古くからの山腹道や峠路は「西原古道」とも呼ばれていた。
   県道の路線バスは笹尾根と中群を挟む鞍部の田和分岐を越えると再び鶴川流域に入り.地形的には阿寺川入口で.再び鶴川本流に入り込む。

     初戸バス停から玄房尾根の道標に従い左に折れ.鶴川に下り渡れば玄房尾根の登山口にでる。
   又初戸川出合の鶴川本流側は左前方沿いから流れ込み.右脇には林道腰掛線を従えている。3km弱で腰掛の集落にでると権現山北尾根の取り付きがある。

   1月18日(tue).快晴
     jr御徒町6:21=神田特快6:35=7:32高尾,河口湖行7:47=8:05上野原.富士急山梨バス.飯尾行¥630. 8:28=9:13初戸bs.
    列車
     路線バスの始発に合わせ何時もより遅い出発になる。平日でも以外と混み会い.新宿駅を過ぎると夜明けを迎えている。
   立川の車窓からは晴れ渡った蒼空に秀麗たる富士を望まれ.高尾にでて中距離列車に乗り換える。

     6両編成で前3両が河口湖行.座席のシートが動く古いボックスタイプの車両だった。
   背もたれとの間のシートを少し腰で摺り開けるとその隙間から床暖房の暖かい風が舞い上がる。懐かしい昔の列車に慕っている。
   出発までにはほぼ満席に埋まり立ち席もでている。朝方の車内はやはり元気な高校生グループの声が賑やかだった。

     私の隣に座った親子連れは発車して直ぐ童話を読み始めている。小学校下級生の女の子.
   か細く淡々と語る母親の言葉にジッと耳を傾けている。トンネルに入ると轟音で隣にいる私には声が届かない。
   背中を丸め子供は母親にぴったり体を添え.潜り込むよう聞いている。

    中群741m南東尾根末端に広がる初戸集落
   初戸の出合より左前方の林道腰掛線に入る.9:14
    左下が鶴峠への県道18号. 玄房尾根経由の権現山はバス停の道標には従い.左下の鶴川を渡り入山。

    路線バス
     上野原駅北口の広場は風も弱まり柔らかい陽差しに恵まれる。桂川湖畔を見下ろす高台からは一段と開けた紺碧の空が広がりを見せ.
   雲1つなく澄み切った先に中央東線沿いの表道志の山々が真近に眺められている。山波が地平線を築き.額をはみ出す大きさを示していた。
   手前に見える御前山も大きな山容を現わしていた。

     定刻の8時28分発.飯尾行路線バスは大勢の高校生を乗せ走りだす。
   上野原は地名の如く高台にあり.丘に登ると街並みが開かれ.大通りが山裾の奥へ奥へと延びている。

     商店街通りを抜け.バス停「日大明誠高校前」で通学生が降りると車内はガラガラになった。残りの乗客は私を含め4.5人になる。
   この高校は過って青春テレビドラマ「飛び出せ! 青春」の舞台になった高校。ドラマの「太陽学園」は高校の校舎を使い.
   ラクビー部員を中心にした青春ドラマで.地元の風景を多く撮影に取り入れていた。

     街並みから外れ鶴川沿いにバスが登りだすと車内は私1人だけになる。
   初戸(はど)までの街道沿いは所々で一車線通行の狭い街道をなしていた。バス停「寺尾」の手前では道路拡張工事が行われている。
   一番前の座席に坐り直す。運転手は「今年は珍しくまだ新雪が降っていない!」.「何年振りだろう!」と語る。

     又「熊は1人で登って怖くないか?」.「愉しいか?」と尋ねられた。「熊は3度出偶わしている。突進する猪も怖い!」と。
   「単独行は1人で全てを決断するので充実感がある。ただ年毎に私の馬力は無くなっている。」と付け加えた。

     最後の1人になった私も初戸で下車し「ありがとうございます!」と礼を述べバスを降りている。
   運転手はクラックションを鳴らし答えてくれていた。ここは鶴川とその支流の田和の辺りから発する初戸川の出合に位置し.
   散在する初戸川沿いに集落がある。路線バスは鶴川本流を離れ.西原道に入り初戸川沿いの山懐へ登って行く。
   私は玄房尾根を左に分け.鶴川本流に沿いに腰掛へと左岸の林道腰掛線を歩む。

    初戸
     「上野村町誌」によると境界に立っている立木を榜示木(ぼうじき)と呼び.たぐいが全くなければその土地を榜示戸.
   法師土と呼んでいた。これらが転訛して端戸となり.更に初戸になったとのこと。すなわち西原地区と栗原地区の境界を意味している。

     権現山北尾根1084m峰
    鶴川本流と左岸の林道腰掛線から.9:30
     左上から落ちる尾根がナベワリ沢ノ頭からの尾根末端・・鶴川菜久保沢.大久保沢流域連続写真

     甲東権現山北尾根
       初戸bs.腰掛林道9:13一10:45腰掛.鶴川白い橋一尾名手川赤橋一10:05アンテナ一10:35尾根に乗る
       一10:50地図にない初めてのコブ一11:25(1084m点):35一11:40(1900m点)一12:00コブ
       一12:15手前のコブ.石抗一12:20権現山.大:40.
    権現山
     北都留三山の盟主として桂川北岸の山々と奥多摩の山々.三頭山笹尾根の間に並行して横たわっているのが権現山稜。
   アプローチとしてバス路線が周りを取り囲むよう整備されていた。シーズンオフを狙い山深い思いもよらぬ静かな山旅を味わう。

    鶴川本流の離れた腰掛集落
     東西に斜めに横切る中群山は田和の集落が広がる田和尾根末端の丘陵から南東へ延びる細長い尾根の中央にあたる。
   中群山は頂付近にヒロ牧場を持つが裾へと広がる傾斜はきつく.集落として栄える場所ではなかった。

     中群山南東に突き落ちる初戸は中群山の南面を流れる鶴川本流を遡る林道腰掛線の起点でもあり.バス停「初戸」がある。
   その奥,鶴川沿いに綴った尾名手川出合には腰掛の地名の如く.小さな岬のように本流に突き出した先端のヘチに腰掛けるよう集落がある。
   間口は狭いが以外とまとまった集落を見付けたように驚かされている。ここが権現山北尾根の取付きだった。

     周辺の集落の殆どは北側の初戸川を渡った左岸沿いの笹尾根南面の緩やかな日向の丘陵に点在していた。六籐(むそう.藤ノ尾.上平と。
   又バス路線もそこを繋ぐ形で初戸川を右岸.左岸へと移りながら綴り.西原道として.林道を抜けると合わさっていた。

     初戸川を詰めた所が田和の集落. 街道が下りだすと西原の集落.篇盃(へはい)から再び鶴川の上流本流に合わさっている。
   今回は北尾根から尾名手尾根を周回し.阿寺川の集落を過ぎ街道に出た所のバス停は「阿寺川入口」とある。

     ここが初戸へ下る県道のアプローチになっていた。中群山の北西.西原地区の中。
   バスが綴る西原道の上流には郷原.原.下城と集落がまとわり.鶴川中流の中心的な集落を築いている。

    権現山北尾根
   腰掛林道から北尾根と腰掛集落・・2014.06.02/9:40
    難渋し諦めた尾名手峠道の取り付き分岐と.又北尾根の取り付きでもある。

    裏側・・鶴川上流の郷原から眺める北尾根遠望
   郷原の集落上部より・・2016.02.02/15:20

     三頭山ピストンし槙寄山南西尾根を下った折に撮影。
   権現山北尾根と右手の坪山東尾根(阿寺沢左岸尾根)と挟まれているのが下山予定の大寺山尾名手尾根
   左手が中群西端の557m点コブで街道は手前の裾で鶴川と分かれ.阿寺沢入口から支流の初戸川源流に登り.初戸で再び鶴川と合わさっている。

    林道腰掛線
     初戸バス停から林道腰掛線に入ると直ぐ.玄房尾根から雨降山(あふりやま)を経て権現山に立つ登山口にでる。
   左手に道標を分け.浅くなった鶴川の河原を真近に見ながら本流の左岸沿いの林道を遡る。

     まず歩き始めで気になったのが漁業組合の注意書の立つ看板だった。「15センチ以下のヤマメ.イワナを釣りますと釣り具一式没収します
   注意して下さい。上野原警察署.桂川漁業組合」と大きな看板があった。入漁料のことは一切触れていなかった。

     全面舗装された林道は初戸=阿寺沢間5.0kmで.中群山を挟んだ県道に並走する形に造られ.途中の平野田休暇村にはキャンプ場がある。
   くねくね曲がり,左に視界が開かれだすとこれから向かう権現山が左上に見定められるようなった。

     見上げると東西に延びる頂稜は紺碧の空に一線を引き.山容はその懐の大きさをを示していた。
   正面に構える大久保沢(大室沢)と左俣の菜久保沢(雨降沢)が源流近くまで扇状に広げ.中間尾根が権現山の東側.
   ナベワリ沢ノ頭へ突き上げている。次回初戸から登ることがあればここになろう。

     左脇には玄房尾根が登っている。右奥の前方は目的の権現山北尾根らしき一部分が望まれだしていた。
   未舗装の方が周りに溶け合っている雰囲気だが.この林道は阿寺沢.平野田.腰掛の集落との生活舗装道路にもなっている。

     大久保沢出合が近ずき.林道が北側に進んで極端にUターン.S字に回り込むと北尾根の概要も徐々に姿を現しだした。
   尾根の下半が望められる。1084m峰と1900m圏のコブだろう。藪に絡む尾根は天空に向かい突き上げていた。

     腰掛の集落

  
  左前方下が尾名手川出合の集落で.下り口を間違える。右が林道腰掛線.
  腰掛集会所ー中群ー田和分岐・・車道で繋がれている。
  9:48
   奥の1軒家のポスト替わりのビニール袋
    腰掛
     林道を進み腰掛の集落に入る。尾名手川出合付近の林道の肩.鶴川沿いに突き出したヘチに人家が集まっている。
   民家はまさに林道から腰掛けるような地形に建てられていた。この狭い場所にこれほど纏まった家屋を見られるとは驚かされた。
   ビッシリした家並みの中道を歩み軒下を潜るも行き止まり.1つ手前の道に間違え.一度林道に戻っている。

     改めて林道が先角の簡易舗装道と林道が合わさり.右に大きくカーブする標柱の先で林道を分け.鶴川の河原へ左から右寄りに下りている。
   直ぐ白いパイプの小橋で鶴川本流を渡り.尾名手川出合へは鶴川右岸沿いに戻る形で進み.そして左岸の小平地にでると
   右手には尾名手尾根への小径が分け合さる。

     畑道の真中のパイプ柱にビニール袋がぶら下がっていた。よく見ると印刷物の裏側に「郵便物はのこ袋に入れて下さい!」と
   書かれていた。ポスト替わりのようだ。安易過ぎるが茶化しているのではあるまい。奥には民家が一軒あった。

     その奥で行き止まる。洗濯物が庭先に沢山干してあり.民家の裏手の急斜面は開かれているが先は畑で行き止まっていた。
   庭先の土手沿いに出合に架かる赤い鉄橋がチラッと臨まれた。失礼して民家の玄関前を歩かして頂き.民家先の細い山道に入る。

     尾名手川出合.右岸の護岸壁
   左景・・鶴川に没する権現山北尾根末端の鉄階段.9:50
    権現山北尾根末端のツメ.護岸壁. 右下の赤橋の正面の対岸の擁壁には青い手摺の階段が付けられ登っている。

   右景・・対岸に渡る赤橋と右奥が尾名手川出合にある巨大な堰堤のブロック帯.9:51

     尾名手川出合
     権現山北尾根はその名の如く.頂から北側に派生させる鶴川とその支流の尾名手川の出合に没する顕著な尾根。
   尾根の末端はコンクリートの塊が構え.要塞のような砦を出合に築いている。岩石の押し出しで半ば埋まる尾名手川の出合手前は
   巨大な堰が重なり造られ,.出合口も壁のようコンクリートの壁で埋め尽くされていた。

     平成12年完成の大堰堤は更に右岸に繋がる支流の尾名手川に架かる錆びた赤橋を渡れば北尾根の末端に入る。
   岩石の押し出しで抉り落ち.半ば埋まった尾名手川の側壁は.ここもコンクリートの護岸壁で高く固められていた。
   越すには赤錆びた小さな鉄橋を渡る。正面の擁壁には斜上するコンクリート階段が設けられ.尾根末端の東側の崖上に上がっている。

     回り込んで末端に着いたのが9時.ここから共同アンテナ鉄塔までは確りした踏み跡が続いていた。
   腰掛に入り.吠えだした1匹の犬が対岸に移り.回り込み急坂を登って見えなくなっても.遠吠えの如く吠え続けている。
   緩斜面にでてからは風が回り込んでいたためか? 聞こえなくなった。

     痩せた桑畑から程なく植林帯に入り再び傾斜が増した地点で.尾根の左手に確りした作業道が入っている。
   その脇にはっきりした赤テープがあり。左手に大室沢へ下る作業道を分け.尾根に取付くと薄い踏み跡になる。
   直登すると浅い踏み跡は大きく尾根の右を回り込む。

     薄暗い杉の植林帯に入り.先程の遠吠えする犬の叫び声を再び微かに聞くようなった。
   まだ吠え続いている番犬.ここまでなると寂しいのか.敏感なのか.けじめの付かぬ鈍感な犬なのか.反応が判らなくなった。

   右の植林帯も切れ.自然林覆う裸林に入る.10:34

     浅い踏み跡は尾根上にでて.左へ回り込む。檜の植林帯.落葉は少なくなり.枯葉は縮まり.踏み跡を外すこともなくなった。
   西寄りに曲がって支尾根に合流すると立木に赤ペンキで下りの場合直進しないよう「逆L字」で印が示されていた。
   9時半直上して黄色いプラ抗のある尾根に乗る。左半分は雑木に囲まれ明るい尾根になり.何時しか尾根全体を雑木が覆うようなった。

     右手から枝尾根が合わさる850m付近で上部のコブが望まれる。更に右手からも尾根を迎えれば丸い形をした1080m圏コブに入る。
   林道から望めた大きなコブを1つ.2つと越えるようなった。

    背は三頭山笹尾根
   明るい陽溜りの東尾根に乗る.10:56
    尾根を振り返り中央が槇寄山.右に下りて直ぐ市界尾根の西原峠

     尾根両側を覆う冬木林を透し玄房尾根や尾名手尾根の起伏を含む山間いがよく望められた。ただ細かく地形を知るには枝が絡み難しい。
   背方に鶴川を負う三頭山が頭を現している。頂から続く笹尾根が延々と帯のよう延びている。その上に奇峰とも云うべく望めるのが大岳山。
   岳の存在を示すには一番よい眺望になる。独立峰のような大きな存分を示している。

    三頭山南面の尾根群
   三頭山と鶴川沿いの長作.前原.牛飼の集落.11:13

     細くなった灌木林を透し.鶴川対岸に三頭山の明るい南面の尾根と裾野の集落が見下ろされた。
   左端の尖っ付きが1322mの神楽入峰神楽入尾根. 左中央の尾根が牛飼尾根. 中央が長作尾根と大長作沢.
   右コブが大沢山からの大茅尾根になる。何時かは登る尾根になるのだろう。

   冬木の絡む尾根.11:13

   檜の自然林.11:40
    又西寄りに曲がって支尾根と合流すると立木に赤で「逆IL字のマーク」あり.下山した場合の直進しないようのマークらしい。

    1084m地点
    
    穏やかに陽溜る雑木の尾根.11:40                         カサカサに乾き縮み色霞む落葉の大地.11:56

     11時前.地図にないコブに乗り.1084m峰を過ぎると1900m圏のコブは早かった。下り返して12時.
   小コブを越えると岩混ざりに痩せ尾根になる。もうルンルン気分だが尾根末端から脇道を無視し最後まで尾根上を忠実に詰める。
   その為か? やや時間をロスしている。

   頂直下の露岩帯前の急登のツメ.12:17

     最後に石抗ある小コブを越えれば権現山の頭に立つ。権現山はオオムレ山とも呼ばれ.古代朝鮮語では大きい山を意味している。
   丹沢でも多くある呼び方になっている。続く山地の流れになっているのかも知れない。

     権現山々頂
   北尾根は後方の名木の茂みの裏から突き出す.12:26

   誰一人居ない権現山の頂に立ち東側を眺める.12:41

    権現山1312m
     桂川北側の山々と奥多摩の山々の間に長い尾根を横たえる権現山(王勢籠山)は山梨百名山に選ばれ.
   又北都留三山(百蔵山.扇山)と呼ばれている。桂川北岸の雄でよく人目に触れる山でもあり.別名大室山ととも云う。
   牧瀬貞一郎の説として「特に見た目が顕著な形をした山を{室.群}等といっている」と紹介し.道志の大室山も同一の語源であるとしている。

     又権現山は三村の境に位置するとして「三境」の別称もあった。ただ尾根上は分水嶺でなく行逢栽面になっている。
   二等三角点標石と立派な道標がある頂は年明けの柔らかい陽差しを浴び.やや風を受けていた。誰も居ない頂でゆっくりと
   広く開かれた展望を愉しむ。ただ初冬とも異なり.南風でも体を動かさずにいると.まだまだ肌寒く感じられている。

     それでも師走のカラ風吹く西上州の山々から比べると暖かい。権現山々行に合わせ.この1週間で一番最上の日を選んでいた。
   今シーズン最悪の大寒波が今は緩んでいる。今年は強い寒波が続き.中央線沿線の山々は初雪も見られず.
   解けぬ霜柱に乗る枯葉は干し縮んでいる。その中.風が弱まるのを見込み山へ入る。

    道志山地と富嶽
   桂川右岸山域.12:27

     展望の開けた明るい権現山の頂より.南西には扇山を越し富士を望むことができる。鹿留山.杓子山。中央下は百蔵山.
   北方から右手に回り込むと鶴川上流の右岸尾根から広く奥多摩山域が広がり.更に奥多摩を囲むよう.奥秩父の山並が綴られている。

    北北西.坪山と三頭山笹尾根. 背は奥多摩の奥部山域と奥秩父
   全景・・12:28

     奥が奥秩父.薄く雪肌を乗せる飛龍山と三ッ山.雲取山
   中央が鹿倉山から三頭山笹尾根. 右奥が御前山
   左手は奈良倉山南尾根.佐野から続き坪山から阿寺沢へ下る尾根.手前が今日下る大持山尾名手尾根になる。

    大寺山尾名手尾根
   左景

     境界尾根から鶴川に落ちる東面の山並で.奈良倉南尾根から葛野川左岸尾根,佐野峠の古道へ全景・・2010.10
   坪山の東尾根は阿寺沢ノ尾根。

     手前に横たわる大寺山からの尾名手尾根は下山に選んだルート。権現山の頂に立ち.北面に視線を投げかけると目の前に
   飛び込んできたのが尾名手尾根。雑木の斜面に植林の緑が模様を描き.背陵の薄い緑が尾根筋の自然林を示していた。
   日当たりを強調するような明るい尾根は心休まる風景でもある。

    上写真右拡大・・笹尾根を越え
   右景

     重なる奥多摩の山並. 左奥は都県界尾根.長沢脊稜. 三頭山から北東に続き中央から右に延びる町界尾根の御前山と大岳山
   手前の尾根は三頭山から北西に延びる県界尾根。笹尾根は高尾山まで綴られ.この辺は平な尾根が続く笹ケタワ峰付近。

     笹尾根西原峠から富士と権現山北尾根.権現尾根.尾名手尾根・・2008.03
     今回の鶴川尾名手尾沢を取り囲む尾根ルート図

     腰掛林道から権現山北尾根
     権現尾根と大寺山尾名手尾根・・阿寺沢