長沢脊稜(都県界尾根)とその周辺
      蕎麦粒山
    2009年12月. 真名井沢ノ頭北尾根から防火帯を抜け.蕎麦粒山.桂谷下降・・大丹波川流域Top
    2010年01月. 登り尾.鳥屋戸尾根から蕎麦粒山を越え長沢脊稜―仙元峠仙元尾根から浦山・・仙元尾根と蕎麦粒山桂谷
    2016年04月. 棒杭ノ頭南尾根を経て長沢脊稜―鳥屋戸尾根を南下し松岩ノ頭松岩尾根から松伏沢へ

     送電線新秩父線を繋ぐ長沢脊稜を越える2つの尾根・・前半は師走に蕎麦粒山まで.翌年の正月は後半の蕎麦粒山から仙元峠仙元尾根へと繋ぐ.
   浅間峠から繋がる新秩父線の鉄塔尾根。そのための下山 真名井沢北稜から防火帯を綴り日向沢ノ峰南尾根へと綴り蕎麦粒山に一度でている。

     下山は鳥戸屋尾根の上部から桂谷入渓し.日向沢林道を分け川乗谷出合の川乗林道終点まで下り.日原街道にでた。
   ・・上成木川井線.経路.防火帯.経路.桂川林道.川乗林道.日原街道を経て栃久保の大氷川橋を渡りjr奥多摩駅にでている。

    真名井沢北稜から曲ヶ谷北峰
    横ケ谷平から蕎麦粒山.桂谷を下降―林道.街道を経てjr奥多摩駅・・単独行者と猟師

    日原川源流を取り囲む山々と尾根
   横ケ谷平.2:15

    蕎麦粒山を越え
     10:10ウヘイギノ頭分岐:20一11:45踊平一12:15日向沢ノ峰:15一12:30有間山分岐一13:10蕎麦粒山:20一鳥屋戸尾根上部
     一13:45桂谷支流出合一14:00桂谷林道終点.

     中央奥は雲取山. その左方は石尾根の北面が連なり.右南面には長沢脊稜の都県界尾根が延び秩父山地との境でもある。
   各尾根の東側山腹に描かれた緑面は杉の植林帯.他は雑木・灌木帯になる。手前が川苔山からの1221m峰.
   中央が鳥屋戸尾根笙ケ岩山. 奥が天目山から延びる横篶尾根

     進むべき稜の先にミツドッケ(天目山)が3つのコブを持ち顕著な姿で望まれた。
   蕎麦粒山は小さく尖がり.長い鳥戸屋尾根を左方に長く延ばし都境を越えた右方には石楠花尾根がまだ明るい陽射しを浴び望まれた。
   目指す鳥屋戸尾根の前面が川乗谷上流の桂谷の谷間になるのだろう。

    日向沢ノ峰(ひなたさわのうら)南尾根
   防火帯の南尾根を詰める・・横ヶ谷平付近より.11:24

    日向の防火帯
     左に川苔小屋跡への山道を分け.再び右に陽溜まりの防火帯を歩む。日向沢ノ峰南尾根に入り風がなく陽光は躍っている。
   一人で歩む散策的な気分が贅沢な気持をもたらしていた。右手に道標を見ると大丹波林道への小径を分けている。
   日向の防火帯にある小さな起伏を幾つも越えて雷電山を下ると踊平でる。

     この分岐点は道標が目立ち.林班界標柱が立ち.再び大丹波林道へと小径で分けていた。
   下る場合は踊小屋沢の登山道は廃道.右岸沿いに獅子口小屋跡を経て大丹波林道に至る小径が道標に示されていた。

     伸びやかな気持ちよい防火帯の尾根道が続き.踊平を越える辺りからは真向かいに逆光の陽差しを浴びた。
   眩い日向ぼっこの防火帯を綴り.気侭に日向沢ノ峰へ。足元は日向林道から川乗林道へ潜るトンネル附近.この辺りから登坂になった。

     穏やかな平坦地.ここが燧石山と云われ.コブとも云えぬ場所。渓相は火打石谷から塩地谷に変わり.ほどなく地図にない
   蕎麦粒山への山腹道の分岐にでる。こちらは日向沢ノ峰を通らずの巻道。直進し源流を左に回り込むと幅広い防火帯のジグザグ道に変わる。
   ゴーロ状で雨に濡れれば歩きづらく土砂の崩れる小径に変わっている。

     今日初めてハイカーに出会い.会釈だけで再び登りだす。日向沢ノ峰にでるが北峰からの展望は得られなかった。ただ日向沢ノ峰南峰は
   周りに比べ.一段と大きな山容を持ち.頂に近ずくほどに雄大に見上げられていた。ここからは川苔山.石尾根の眺めがよい。

    日向沢ノ峰の頂
   細長い小さな岩稜を持ち.東側は樹林に被われた小さな頂.12:11

     曲ヶ谷北峰の防火帯斜面からは昼下がりの陽射しがサンサンと降り注ぎ.陽溜りの温もりを創ってもいた。
   カヤトの防火帯の稜線満歩.長沢脊稜に立ち.この防火帯は又山から山を繋ぐ登山道が延び.距離の稼げる場所にもなっていた。 

     秩父との境界尾根の南峰に立ったのが正午.計算では下山の日没までスレスレの時間で歩んでいる。
   蕎麦粒山に立ったのが1時.冬の日暮れは早い。鳥屋戸尾根を下って4時.日原川にでて日没を迎えるだろう。

    蕎麦粒山と桂谷ノ峰
   長沢脊稜(都県境界尾根)の防火帯から.12:13

     少し下って日向沢ノ峰.北ノ肩.(長沢脊稜)の手前に「蕎麦粒山」.「踊平」.「棒ノ折山」の三叉分岐があり.
   更に蕎麦粒山方面の北峰に登り詰めると有間山(タタラノ頭)へ分かれる分岐.オハヤシノ頭の道標に立つ。
   この分岐陰の笹絡みの茂みから突然単独行者と鉢合せした。

     誰も居ないと気にもしていなかったため脇から急にガサガサ姿を現わした。その時の驚きは熊に出遭った驚きだった。
   鉢合わせしている。彼も驚き熊でないと共にホッとした。

     オハヤシノ頭は都県界尾根の境を成し.分岐先の北背稜は秩父市と飯能市の市界尾根を成している。市界尾根の東面のコースは
   名栗湖から広河原逆川林道間が通行可能のため.車を利用し登って来れば1時間半で脊稜に出られるそうだ。
   秩父奥武蔵から蕎麦粒山への最短距離のコース. 彼は擦れ違うよう日向沢ノ峰へ向かっている。

    雲取山石尾根
   日向沢ノ峰南峰より.12:14
    日原川源流の山々・・右端は長沢脊稜に乗る酉谷山

     左端の鷹ノ巣山から延びる鷹ノ巣尾根巳ノ戸尾根と稲村岩尾根。
   右隣は石尾根に続く日陰名栗峰ヤケト尾根.更に高丸山ツバノ尾根と共に日原川本流沿いに没している。
   中央に横切る尾根は川乗谷上流側の横鈴尾根から手前に重なる鳥屋戸尾根と桂谷ノ頭の南尾根。

    多摩川中流と石尾根末端
   蛇行する多摩川の南西方を望む

     中央遥か奥が御正体山. 右奥が三頭山.左に笹尾根を延ばし右隣りの小コブは神楽入ノ峰
   右上の大菩薩嶺の奥に雲海を望む。三角錐の霞む山陰は富嶽

     猟師
     北峰を越えて猟師に出会う。朝,棒杭尾根から倉沢谷右俣の長尾谷へ下って.鹿を追い上げたところで鹿1頭を仕留めている。
   10時半とのこと.私が居た曲ヶ谷北峰の手前では銃弾の発射音は聞き取れなかった。
   当たりどころが悪かったらしい。腿辺のよい所だけを解体しザックに背負っていると。

     鳶が上空を舞い始めていた。それを見た猟師は発泡するとオレンジ色の上着や帽子を鳶は探し見付けて近寄ってくるとう。信じがたい話だった。
   目的は獲物の残骸にある。銃を持つ猟師に集まるのは食い付けると言え.本当のことかと驚くと共に自然界の凄さを改めて悟らさせられていた。

     5.6年前,静岡県巴川へヤマベ釣りの試釣に出向いた折.鵜が群がり.20cmもある鯉や鮒を粗食していた。鵜が呑み込める限度が20cm前後.
   呑み飲めぬ魚は吐かれ傷だらけになるも.強い鮒の元気に泳ぐ姿を暫し見ていた。
   そして河川を1本ずつ群れで襲う鵜.その都度小魚は壊滅状態に陥り殆どが死の川に化けている。

     又巴川の中流は禁鳥区域に指定されてをり.判っている鵜達はその一線に留まり.翼を休めている。
   鵜の群れはそれを習慣として知り.凄い密度で留まり.境界を離れれる鵜は一羽もいなかった。そこでは人が近づいても動かずにいる。
   長い間の慣習が鵜にも自覚させ.安全な場所だと覚えさせているのだろう。

     猟師は蕎麦粒山では秩父側に下りて.鹿を見付けたものの追い掛けたが機敏すぎ逃げられた。
   鹿が挫けば捕れたと思うと語っている。私はこの話は調子が良すぎる言葉だと思い黙っていた。

     入山を聞かれ川井から入ったと答えると驚いていた。8時に入山したと伝え.鳥屋戸尾根の下山を問う。
   君なら十分日没前に下りられる。飽きたら塩地谷へ下れと。ただ脇径が多く注意するよう忠告を受けている。

    三ッドッケ・蕎麦粒山鳥屋戸尾根
   南峰より長沢背稜.13:05
    雲取山.芋ノ木ノ頭.天祖山.天目山ヨコスズ尾根.蕎麦粒山

    川乗谷源流
     ここから桂谷ノ峰にでて勿体ないほど下った気がした。真向かいに蕎麦粒山が聳え.直ぐ先には三ツドケ(天目山)が
   重なるよう連なっては聳え仰いでいる。間の仙元峠は峠と言っても「ドッキ」.「ドッケ」という突起。

     仙元尾根から秩父.浦山へ抜ける次回の山行コースになっている。まだ奥多摩から奥武蔵へ抜けたことはなかった。
   真名井沢北稜と同様に秩父へ続く新秩父線の鉄塔尾根が浦山へ延びているのが遠望された。

     蕎麦粒山(石楠花ノ頭.火打石山.三角山)
     13:13
    長沢脊稜の目立つ頂で東京方面がよく見えるところで山頂標識の脇に三等三角点がある。標高は1472.88m.基準点は「仙還」.

    都県界尾根南東・・浅間峠.棒杭ノ頭
   山頂より左奥が川苔山.13:06

      桂谷ノ峰と日向沢ノ峰. 尾根左が秩父.向かい奥が奥武蔵の山々
    都界尾根に建つのは新秩父線50号鉄塔. 秩父仙元尾根から都県界線を越え.真名井沢ノ頭北尾根に下りている。

    蕎麦粒山
     蕎麦粒山1472.9mは東京都と埼玉県の県境尾根にある岩が露出した小さな頂だった。秩父側は樹林に閉ざされ遠望できず。
   足元から樹間を透し奥武蔵の山々が狭い範囲で見渡せ.秩父湖が見下ろされれている。後に知るも.露岩した岩上からは遠くの山々が眺められ
   山頂付近の石は燧石質で秩父側では「火打石」とも云われていた。

     静かだ。誰も居ない。柔らかい昼下がりの陽射しを浴びている。風もなく折角の単独行.誰も居ないのがよい。
   奥多摩の山々も近年登るようなり.望む山々に親しみを感じ始めている。一昨年は川苔山に登り.周りの山々を教えて頂いた。

     この2年で一掴みだが大分東京近辺の山々を肌で感じられるようなった。川苔山から望んだ奥多摩三山を踏み.笹尾根も三頭山まで至っている。
   牛寝通りも歩みだしていた。昨年は丹沢の山々も齧り始めた巡視路.経路.作業道と踏み跡を綴る山旅を憶え歩み始めていた。
   この後も山行が続けられればよいと思っている。遠いい昔の山々が今は真近な東京近郊の山々に形を変え.私を迎えられていた。

     今年の師走も山に訪れるのは最後になった。年初めの正月を迎えれば再び蕎麦粒山の南尾根.鳥屋戸尾根を詰めて蕎麦粒山に立つ。
   そして課題だった仙元尾根から秩父へ.新秩父線を繋ぐ鉄塔尾根を下る。・・蕎麦粒山から仙元尾根へ2010年01月23日11:36

   鳥屋戸尾根の取付き地点.13:12

     頂には古い道標に混ざり.真新し尾根を下る道標が立てられている。ツメの急坂を下ると以外にも踊平からの巻き道に交差した。
   確りした新しい道に道標.更にススタケ帯を横切り.南下し鳥戸屋尾根上部から桂谷に入渓する。

    上写真左下.鳥屋戸尾根上部東面の枝沢
   長尾山北鞍部の桂谷右岸の枝沢源流.13:35

     作業道に迷う
     長尾山1339mを越え.右に入る処で左側に寄り過ぎルートを失う。径を踏み外し地図を広げ立ち止る。
   天を仰げば樹冠の隙間から冬の蒼空が仰げ.足を停めれば周りは薄暗く静けさだけが取り戻している。
   探るうち経路を見付け.下る主尾根の山道を外してしまっていた。鳥屋戸尾根東面の1340m圏の山腹道に入っている。

     確りした山腹道を右ではなく.左に移動し探ったのが仇となる。気が付いた時.既にもう尾根筋は大分高さを増していた。
   最近は使われていない昔の作業道が枝沢へ入り込んでいた。まだ戻り時間はある。走る下るか.長閑に下るか悩む。
   又作業道も魅力的だった。猟師からは単純な尾根と聞いている。飽きたら作業道があると。

   枝沢の出合を見下ろす.奥の日当たりが桂谷の出合.13:36

     鳥屋戸尾根から桂谷へ下降
     桂谷の源頭から最初に入る右岸の枝沢のツメまでトラバースし.旧道の踏み跡から分かれ谷間に下降した。
   時間を考え手袋をはめ.枝木を掴み掴み下る。横切る脇道も多い。古い作業道に獣道が交錯し.積る落葉が径を判りずらくしている。

     尾根の山腹道には確りした作業道があった。踏み跡を探し探し.日没を考えドンドン下る。
   意を決した途端.確りした踏み跡に安心したせいか.周りの確認が疎かになり下るルートを間違えてしまったようだ。

   沢底に降りる崩壊した作業道.13:36

     桂谷の枝沢
     古い作業道に好奇心が生まれるともう尾根筋の下りは如何でもよくなっていた。作業道を下るに従い次第に沢の渓相を見せ始めるようなる。
   小さな窪地はまるで地表から溢れ出したかのような清水が湧き出している。そして川床を造り.窪地全体に苔が覆うようなる。

     この駆逐されたような古い山道は径を間違えているのに.嬉しい気持を抱かせるのは何故だろう?
   今は踏まれていない径に気が高揚し.探索するかのような気を起こさせている。猟師の言葉を改めて思いだす。
   「手を抜くなら塩地谷へ下れ!」とも。

    桂谷本流と枝沢の出合
   山葵用モノレールが谷沿いにあり横断している.13:45

     桂谷本流
     桂谷本谷出合にでるとモノレールが走り.丸太橋とワサビ田が見られるようなった。出合は急に人工的なもので溢れている。
   後は左岸をモノレール沿いに下ればよい。次第に高巻きは高低差を増し.流心からの高度を上げ谷底は深くなる。
   ただ高い山腹道を綴るが師走の日差しは弱く早くも傾きだしている。そして陽光は全く届かなくなった。

    桂谷林道終点
   桂谷に敷かれたワサビ田のモノレールの起点は林道の終点.13:54

     桂谷林道終点
     林道にでて長い1本を取り腰を降ろす。弱くなった残照が桂川の対岸を通し.体一杯に浴びているものの.
   その山陰の接線が私の所まで近ずいてきた。幅広くなった桂谷の谷間は足元から陰りを創り.鋭く落ち込んでいる。

     そして谷底を挟む対岸は鳥屋戸尾根が被さるよう扇状に広がりを見せていた。
   もう見上げるようなった松岩ノ頭に続く塩地ノ頭も高い山陰を創り.私の足元まで伸びてきた。

     これから始まる延べ3時間の林道.街道歩き・・モノレールの終点.起点が林道歩きの始まりだった。
   これからは川乗川林道の終点まで長い複路が待っている。

    桂谷林道・川乗林道・日原街道
      14:00桂谷林道終点一14:15小:30一15:10細倉橋川苔山登山口一15:45川乗谷出合一16:40jr奥多摩駅
      jr奥多摩16:48=17:25青梅.快速:28=18:59神田.

    鳥屋戸尾根と離岩尾根の背稜
   桂谷上流々域.13:56
    桂谷本流と右は1390m圏コブ離岩尾根・・迷い.手前左肩支尾根の南斜面を下りている

     林道歩き
     林道は桂谷筋とは異なり林道終点から僅かに下ると離岩尾根末端にでる。この鞍部が離岩1154m圏コブとの松岩の鞍部でゆるく乗り越えていた。
   この鞍部の僅か手前左にある石段は離岩尾根の取付き地点。詰めれば尾根筋というより防火帯から郡県界尾根の桂谷ノ峰の西側にでられる。

     鳥屋戸尾根と離岩尾根に挟まれた桂谷は離岩尾根末端から見上げると源流は半円形状を描くよう仰がれた。
   又桂谷から一時離れ.尾根末端の鞍部を横切る林道は北側に回り込み.北側の鞍部を巻き込むよう綴られていた。
   ・・北峰から蕎麦粒山鳥屋戸尾根上部.桂谷ルート図

    南面の谷間から下ってきた日向沢ノ峰
   林道が大きくUターンし北側を向く地点から.14:15

    林道日向沢線と合わさる川乗林道。
     離岩尾根の鞍部を下り始めた林道は急勾配のパズルのようなうねにり変わっている。
   そして左上の塩地沢から下りてきた林道日向沢線の本線を左上から川苔谷沿いの林道川苔線に合わさる分岐にでる。

     林道日向沢線は踊平上部のトンネルを潜り.大丹波川源流まで抜け.道大丹波線と繋がる予定だったが.既に崩落激しく中止が決まっていた。
   分岐から塩地谷との高度差はかなりある。「林道川乗線」の標識があり.ここが起点のようだ。右折して下流の川乗林道の起点へと長丁場の林道歩き。

     今度は離岩上部の山腹を再びパズルのよう幾つもの曲線を描き迂回した。
   山腹を高く巻き.塩地谷滝上橋を渡って一度左岸沿いに下ると深く切り落ちた渓谷を見下ろすようなる。

     そして右前方に程なく松岩を見て.右から桂谷が合わさり.林道も右岸に戻っている。
   そこから400m程の下りで左下に「百尋ノ大滝」が見下ろされた。樹間の切れ目から遠く白糸が長い尾を引き落ちている。

     一昨年は斑に雪残る涸滝を小さな滝壺から見上げていた。あの時は全く滝らしかぬ水の流れだったが今日は遠方からでも堂々とし.
   百尋らしく眺められた。ただ豆粒のよう見える筈のハイカーの姿は一人も見られなかった。

     松岩尾根末端を大きく巻き.川乗谷とも一時離れ.鳥屋戸尾根沿いの山腹を南下する。途中1ケ所,大きく抉るよう入り込んだ谷間は北ノ沢。
   15時.防寒具を身に付ける。林道の水溜りが氷り付いていた。そう云えば今日はまだ小鳥の囀る声も聞かないでいる。

   川乗谷対岸に見付けた小さな変わった木棚で組まれた堰.15:04

     日向沢線にでて真新しいガードロープが谷側に敷かれ.舗装道になると1時間ほどで一昨年訪れた川苔山登山口.細倉橋にでる。
   手前のS字状の鋭いカーブは直線で横切っている。2年前訪れた時に比べ.道標も新しくなり.山径も歩き易くなったような気がした。
   黄昏だした谷間の林道川乗線を今回も独り下っている。

   細倉橋は川乗山の登山内.15:05

     川乗橋まで2時間弱.歩くのに飽きに飽きだしている。黄昏だし薄暗くなった谷間.飴をしゃぶり.蜜柑を食べ.林道のカーブ毎に地図を読む。
   林道の急カーブをショートカットし直接下りもした。崖下にもう何年も歩んでいない踏み跡を見付けてもいる。

   川乗林道の起点ゲート.15:42

     3時45分.右足元に鳥屋戸尾根へ続く登り戸の取付きにある小さな「ひと書きの道標」を見る。もう直ぐ川乗林道ゲートに着く。
   路線バスは11分前に発ってしまっていた。平日の為バスの便は悪く次は16時36分発.日の陰った林道終点は.
   もうすぐ真っ暗闇になる。1時間も待つには忍びず.再びjr奥多摩駅へと今度は林道に変わり日原街道を歩む。

    日原川左岸沿いの日原街道15:50                右岸の大増地区
    
                                  右後方は小菅の集落へ.先中央が大沢バス停.15:54
    大沢
     本仁田山平石尾根末端を巻き込むよう日原街道を下り.平石橋で右岸に渡ると大沢の集落口にでる。
   対岸は石尾根狩倉山に至る日陰指尾根の末端で二俣を右岸沿いにUターンし.遡れば小菅の集落。山の神尾根の登山口がある。
   又二俣角の日野明神社は三ノ戸山(さぬきど)に至る十二天尾根の登山口だった。

     平石橋の手前で奥多摩工業曵鉄線の鉄橋を潜り.直ぐ白妙橋を渡れば日原街道と分れば対岸沿いに小菅集落を抜ける
   大沢.平石橋にでる。車の往来も煩わしさのない車道は静かな小径を綴っているようだった。

     大沢は直ぐ傍に今まで気が付かなかったが名勝の大増鐘乳洞があった。ここは氷川から街道に入って歩いて30分程の距離。
   今は人気の丸っきりなくなった黄昏時.民宿や土産店があるも何処も店は閉ざされている。時たま往来するのは車だけが家並みを抜けて行く。

     もう谷間は黄昏薄暗くなりだしている。黒木の茂る所では尚更だった。天を仰ぐと日原川を隔てた左岸に.本仁田山平岩尾根が高く聳え.
   起伏ある尾根の山肌は夕陽を浴び.オレンジ色に焼き輝き.。その尾根脇には満月近い月が昇っている。
   半透明に近い淡く白む満丸の月. 後2日か3日で大晦日.そして.元旦が満月になる。

    黄昏のjr奥多摩駅
   日原川栃久保の大氷川橋より.16:31

     奥多摩の街へ
     寺地の集落を過ぎ.1つの起伏を登りを越えると山蔭からやや明かるさが戻され.目の前に奥多摩の街並が開かれる。
   氷川の街並は日原川の右岸谷間の斜面にびっしり隙間もないほど埋め尽くされていた。そしてゆるりと下る街道から大きな石灰工場.
   奥多摩工業を見つつ氷川の街にでる。途中で旧奥多摩水沢貨物線の橋染を道路沿いに潜ると街にでた。

     街並の端,栃久保に入った所の雑貨屋で奥多摩駅への近道を尋ねる。店主から道向かいの庭先を抜ける路地裏の小道を教わった。
   少し戻り.北氷川橋を渡り下り返せばjr奥多摩駅前広場にでる。渡る手前の右岸の山腹には氷川渓谷遊歩道が造られていた。
   上流側に氷川国際マス釣場がある。もう大分昔だが幼かった子供達とマス釣りを楽しんでいた。女夫橋の下流側だったと思う。

     北氷川橋上からは青梅街道沿いに下りた出合に架かる氷川大橋が眺められた。バス路線は大きく河原の右岸を日原街道口まで迂回している。
   2時間40分を費やした林道.街道歩きは手前の橋を見付けた為.最後に徳をしたような気を起こさせていた。そして駅前通りにでて日は落ちた。

     最後に日原街道の歩きは腿より腰が痛み.も定まれず。途中での車の往来は日原行バスを含め5.6台だった。
   まだ4時半だが黄昏ごろ.山中では単独者2名と猟師に出会っている。
   軽アイゼン.ストック.テルモス600cc+水500c・・地形図「原市場」.「武蔵御岳」.山と高原07「奥多摩」

     川乗林道からJR奥多摩駅・・日原街道図
     後半は年明けに蕎麦粒山から長沢脊稜を越えの仙元尾根へ.続・鉄塔尾根

     真名井沢北稜から曲ヶ谷北峰
     横ケ谷平から蕎麦粒山.桂谷を下降―林道.街道を経てjr奥多摩・・単独行者と猟師