復路は里道と古道・・県道浅川瀬戸線から葛野川左岸古道
     朝方下車した地獄谷出合に戻り.浅川集落から往路の県道浅川瀬戸線を歩む―落合.「浅川の指さし地蔵」から葛野川左岸古道を抜け葛野.

    バスは取り付きに降ろされた地獄谷左岸を取り囲む尾根へ回り込む
    出合から県道浅川瀬戸線から葛野川左岸の古道・・長ぞうり沢の新たな堰堤と葛野

    雁ケ腹摺山と大樺ノ頭.唐松立
   扇山を周回して朝方入山した地獄谷出合のカーブ付近.13:34
    右側から落ちる尾根は麻生山南尾根1020m圏から南西側に派生した尾根・・春日神社にでている.

     県道511号浅川瀬戸線
       七久保浅川.地獄谷出合13:30一13:55岩久保一風原一14:00大休止:25一14:30浅川落合橋.
    浅川瀬戸線
     地獄谷を取り囲む扇山を周回し.北枝尾根から地獄谷出合に戻る。日陰の薄暗い地獄谷と対照的に浅川の集落は南面の高台にある明るい山里。
   西側へ延びる県道沿いは昼下がりの明るい日差しを浴び.風も凪となり暖かい。浅川出合の落合橋まで長閑な散歩気分で歩む。

     過ってはこの地区もs57年8月の台風10号による土石竜が発生し尊い命が奪われた。壊滅状態に陥ったが改修.復旧を終え.
   集会所の裏手に慰霊之碑が立てられている。又平成23年の台風号の影響で長ゾウリ沢に大規模な土石流が発生している。

     本来はコタラ山西尾根を下って最初は街道沿いの田無瀬まで歩む積りでいたが雪面化した旧峠路を歩む。
   下るとまだ時間は早かった。コタラ沢出合に祀られている「指さし地蔵」を尋ね.葛野川左岸の古道を綴り.葛野の集落にでることにした。

     下山路としてではなく.旧道への行程の街道を一部分とし歩むのも久し振り。里道にでてから集落のひなびた農村風景に触れながら歩む。
   北面の山陰にはまだまだ雪白い残雪が見渡せられ.1時間余りの里道歩きは思いのほかポカポカ陽気で楽しかった。里道は真新しく整備され綺麗,

     「中央線の山歩き」藤井寿夫著によると平成の初め頃.集中豪雨で浅川流域は大分痛め付けられたらしい。
   その代償とも云えなくもないが。「新バレーションハイキング松浦隆康著では昭和57年8月に台風10号による土石流が発生した。
   道路.耕地.住居は壊滅し尊い人命が失しなわれている。その後復旧され.浅川集会所の裏手には「慰霊並災害復旧之碑」が祀られていた。

     県道511号線の起点.終点は共に大月市.起点は七保町浅川.終点は七保町瀬戸で葛野川沿いの国道139号交点。ピストンの一般県道.
   起点は浅川上流の幾つも枝沢を合わせる河原台地。3ケ月後に大入沢二俣中間尾根から権現尾根を訪れたが家屋等何もない殺風景な所。
   バススタンドには「浅川入口から浅川峠」と案内板が貼ってあり.「浅川峠→」の道標があり.右に折れると未舗装の山道が綴られていた。

    宮地山と雁ケ腹摺山
   浅川公民館付近.13:41

      宮地山から手前に落ちる尾根は林沢戸地区に没し.その左手に落ちるカタガサス沢右岸尾根は用沢の集落に落ちている。
   手前に横切るのは権現尾根の南尾根.1020m圏から東側に派生した尾根の末端部になる。

     2週間前の大雪はまだ北側の斜面を一面に雪白く覆っていた。
   河原の畑もまだまだ疎らに残雪が見られ.南面の日当たりのよい斜面だけが地肌を現している。

     路線バスで入山した往路の里道は歩む。丁度日当たりよい浅川の右岸沿いを緩やかに下っていた。
   コタラ山西尾根の北斜面からは以外と離れ.間の広い河原は街道に山陰をも創らず.気持よい日差しに恵まれる。
   舗装された路面は乾き.陰に入ると風を感じる程度の風が流れ.歩くには丁度よい。

   岩久保の集落.13:50

     岩久保の集落に入り女学生が2人.県道の側壁に向かい.テニスを打ち合っている。
   「こんにちは!」.「今日は暖かいね!」と一言.二言.言葉を交わす。彼女等の笑い顔が可愛い。

     日向ぼっこの歩みに.空腹感を抱き.時計を見ると既に2時を指している。北側の枝尾根を下り.下山は北側を覆う雪斜面が肌寒く.
  1人で落ち付いて雪上にコンロを点す場所としては侘し過ぎる所だった。下山で体が解れたのか? 空腹感を感じ.昼食する場所を探すことにした。

    権現山南(吊)尾根
     
    風原(かざはら)の集落.14:28                  ボリューム一杯の焼うどん.14:10

    大休止
     車はたまたま往来するものの.路肩ではなく乾いた河原の畑を探し選んでいる。
   完全に乾いている所はあるようで中々なかった。「風原」の集落を過ぎた所で畑の中に適当な所を見付けた。

     大の字に腰を降ろし.真ん中にコンロを点ける。今日はセブンイレブンのセットされた鍋うどん@280にした。
   大きなかき揚げが中に添えてある。自宅からの長ネギと白菜を加えた。ボンベが丁度切れ掛かった折.熱いうどんができあがった。

     熱さでフーフー云いながら食べるのは空腹感もあり.美味い御馳走になっている。ホッとしたせいか,活力もでる。
   ゼザートは蜜柑と紅茶.そして妻から贈られたばかりのステンレス製のウィスキーフラスコからウィスキーを少々垂した。

    葛野川左岸古道
      浅川落合橋14:30一14:45指さし地蔵尊一15:25巨大堰堤一16:30葛野bs.

    百蔵山西面の葛野川左岸流域
   白いザレは長ぞうり沢.2014.01.28/12:26

     葛籠峠から白岩の登りで東面を臨む。葛野川右岸の大沢川を隔てての百蔵山。正面の葛野山に落ちる尾根の里が葛野
   左の中腹に大きく崩壊した谷間が酷く目立ち望められる。百蔵山の西山腹に当たる長ぞうり沢で.
   裾には葛野川左岸古道が横切っている。古道は左端のコタラ山西尾根の末端を横切り.葛野築と結ばれていた。

    百蔵山の北面根
   北側から望み.落合橋を渡り村道から畦道に入る.14:38

     左端下のコブがコタラ山西尾根末端で.畑の正面が平沢. 丁度その付近のコタラ沢を横切る左岸道が交わる処に「指さし地蔵」が祀られている。
   その辺りが日蔭の雪との接線で.正面が大同山907mから北西に延びる尾根の末端.その裾の右手の窪溝が葛野川左岸古道。
   下流の葛野の集落と結ばれ.葛野まで残雪に覆われていた。

    指さし地蔵
    コタラ沢(平沢)出合左岸の古道口.14:45

    指さし地蔵尊
     「浅川の指さし地蔵」は高さ52cm.奥行18cm.横36cm.右上に「安永六年(1777年)三月吉日.
   その下に「(右)やまみち(左)あさ川道」.台座に「世話人長左エ門」と刻まれ.右手の人指し指を上げている姿はほほえましい。

     落合橋に立つ由来案内板には「この地蔵尊の指す方向に進めば浅川から甲州街道の野田尻宿に通じる道で.
   浅川には有名な大山寺があり.その御本尊は現在市の文化財に指定されている浅間不動尊であるとされている。
   18世紀終わりごろの秩父路は多くの旅人が浅川に向かってきたことを物語っている。

     又この指さし地蔵の下には舟渡と云う地名があり.渡しを越えて奈良子一真木一甲府方面に行く道と葛野一瀬戸一上和田一秩父へ行く.
   交差点として交道の要衝であった」と記されていた。

    古道
     順当にコタラ山西尾根を下っていれば直接「指さし地蔵」にでて落合橋に立ち.コタラ沢出合にある「指さし地蔵」に尋ねられる。
   私は扇山の峠路から二俣の古道分岐に下り街道を抜けてきたが「指さし地蔵」への落合橋を渡らず.
   葛野川に架かる紅葉橋を渡れば.葛野川右岸の上平集落にでられる。そこには浅川入口バス停があった。

     落合橋を渡り数軒の民家を抜けると土道になり,短い畔道を歩む。谷間はまだ一面残り雪に覆われていた。
   赤テープを確認し.小さな丸太橋でコタラ沢(平澤)を左岸に渡れば.直ぐ対岸の台地に「指さし地蔵」が安置されていた。

     指の方向が古道の「道しるべ」であることを示している。この先の古道は葛野の集落まで葛野川左岸沿いの山道で結ばれている。
   甲斐と武蔵,秩父を結ぶび.なくてはならぬ古道。佐野峠越えをして.笹尾根桧原の峠路を経て.旧青梅街道や五日市とも結ばれていた。
   七久保地区には秩父へ松姫峠越えしている。この種の道標が多く残されていた。

    葛野川左岸古道
   最初は小沢を渡り.14:53
    「人差し地蔵」を過ぎると路肩は堰堤工事が行われてる.

    葛野川左岸古道
     「指さし地蔵」から古道に入る。百蔵山の西側の大同山907mの左肩.820m圏地点と800.1m峰を連ねる尾根より,
   北西麓から西麓に延びる裾沿いを結ぶ小径.葛野川左岸の古道を南下する。

     最初の小さな窪地のある小沢までは徐々に登り.河原からの高度を稼ぎ.本流の谷底を深める山腹道を綴る。
   馬鹿丁寧に沢側はロープが延々と張られている。赤テープは頻繁過ぎるほど多い。2年前の台風15号の被害の改修工事のようだ。

     残雪は疎らから徐々に増すも歩くのに難義になることはなかった。朝方路線バスの右窓から対岸の積雪の状態を見つつ来ている。
   残雪は多く見られ.それを計算しても最悪の場合で2時間は掛からぬとみていた。

     最初の小沢には工事用? パイプ橋が渡っている。難する所もなく.ホッとするも.やはりその先があった。
   次の長ぞうり沢は急峡を成し.河口を扇状に広がり.歩む先を塞ぐよう真新しい巨大な堰堤が築かれていた。

   長ぞうり沢の巨大堰堤
   大きく崩壊する大ぞうり沢の全貌 2013.05/15:25
    堰堤上部から葛野川対岸の瀬戸境を見上げる

     葛野川右岸の長ぞうり沢は平成23年の台風15号で大規模な土石流が発生し.崩壊して通行止めになっている。
   堰堤工事を終えたばかりで.まだ葛野川沿いの山道は途切れていた。

   堰堤で県道以来の逆光を受ける.14:52

    堰堤を横切る
     堰堤の手前長ぞうり沢右岸はガレと岩混ざりで湿った残雪が疎らに付き.左岸の側壁は雪塊りに埋め尽くされている。
   右岸の堰堤脇から足元の真下を覗み込むも.急激に落ち込み.沢底近くでハング気味になっていた。
   周りを見渡すと3つの下降ルートが長い赤テープの印で示されていた。

    右岸の側壁
   左岸の雪の側壁から右岸を臨む.15:32

    3つのルート
     手前下流側から挑んでみる。やや幅広い間隔で立木があるも1/3程ほど下るとその下は根混ざりの土壌に雪穿りを掴みホールドを取る。
   そして足場を探るが1/4程残して行き詰まる。先は垂直に落ち.雪表を手探りで探るも足場が取れず戻されていた。残雪で見えず.戻るもヒッヒだった。

     中間のルートは長い倒木があり.幹.枝が絡むよう倒されていた。その倒木を頼りに.やや安心して下るも,ここも2/3程下って行き詰まる。
   下部はややハング気味.その下は雪の被われた大きな棚があるがそこまで行くと足が届かず.再び戻っている。

     3つ目はかなり上流から雪面を切り下っている。アイゼンを付けるほど雪深さもなく.中途半端な斜面で安定感は弱い。
   トレースははっきりしているが.今は残雪が少なく.その踏み跡を綴るのは危険に思われた。足元は岩盤になり.滑ればダム下まで落ちる。

     その間には2本の鉄線が結ばれ,先程の倒木の一部を越え.対岸に確り張り渡っている。
   最初はこの張ってある意味が分からなかった。倒木から鉄線まで届く距離ではなかった。

     その少し上部からまず雪斜面の一番緩やかに見える雪斜面を切り.上流側から倒木との中間に寄り.鉄線を握る。
   ただ鉄線は細いだけでなく.素手でも滑り易くい上.素手では更にこの上もなく危険だった。握ればもう離すことはできない。
   鉄線だけに身を頼ることもできず.鉄線はやはり細過ぎた。滑れば手は火傷を負うだろう。

     徐々に下るが如何しても足は届かなかった。足下の斜めの岩盤は雪一色で.凹凸も分からず滑らず下りられるだろうか?
   手を放し.いちかばちで飛び降りる。足元の雪面は安定していた。

     ここから堰堤近くまで下らなければならない。沢底は氷り付き.つるつるだった。氷の上に乗るだけで滑る斜面をもっている。
   ここは恐る恐る小股で下るしかなかった。残雪がなければ以外と上手く横断できたかも知れない。
   雪の付き具合が微妙で甚だしい。

    宮地山. 右奥は楢ノ木尾根1409m峰と泣坂ノ頭
   巨大堰堤手前から葛野川の上流を望む.15:00
    奥の谷間は二俣左は小俣川奈良子川流域の日向は溶雪が進んで切る

     左岸の登りは楽だった。トレースがあり.積雪が深いのが反って安心させられていた。堰堤を越えホッとする。
   又日差しを浴びたのは左岸古道の中でここだけだった。

   左岸沿いの古道を歩む.15:41

     距離としてはまだ半分も稼いでいなかったが後は小沢の渡りだけで済んでいる。
   地図では読めぬ雪山ならでの古道に歩きになる。無雪期だったら踏み跡も確りしていると思われた。
   斑な残雪に埋もれた山道を探り.植林帯に入ると更に薄暗くなり.道を外すと大変なことになる。

   途中の大木下で見守る木洩れ日を受ける馬頭観音.16:00

   斜陽を受ける整然とした杉林を抜ける.16:09

     西側に裾野に移ると残雪も疎らになり.古道も確りしてきた。
   途中で背丈ほどの笹藪は踏み跡沿いに突進して.動けなくなったが.左側に回り込み.高みを抜けて再び古道にでている。
   徐々に道らしくなり.最後に竹林の絡む道伝いを左に回り込めば古道も終わる。葛野の集落端にでるる。

   葛野地区の北側端の左岸古道の出口.16:13

    葛野
     竹林を左に避けるよう小径を下ると1階がガレージになっている少し傾いた小屋の脇を抜け.葛野地区に入る。
   一番北側の山寄りの幅5m程の簡易舗装道路がここから続いている。出るや「やまと運輸」のお姉ちゃん運転手に
   「こんにちは!」と声を掛けられた。バス停を尋ねると「真っ直ぐ進み.程よい十字路を右折すれば県道にでる。」と。

     道路は少しカギ型に綴る真っ直ぐの道. 途中に赤テープがあり.路地から県道に出られるようだった。
   更に先.教えられた道路を辿ると左角に福泉寺が建立され.左に折れれば50m程の先の辻が百蔵山西尾根の登山口になる。
   地図破線路のわりに小さな道標が立てられていた。このコースは入るハイカーは余りいないようだった。

     右折して直ぐ県道505号.小和田猿橋線の福泉寺前バス停にでる。県道に出る前で路線バスが上り方面へ通過した。
   ここからのバス便はよい。焦らずに山梨信金前のバス停.葛野に出向く。

    岩殿山と葛野の集落
   左奥が道志.九鬼山.16:14

    下山して
     歩きながら今日一日の行程を考えるにコタラとコタラ山を勘違いし.旧コラタ山北尾根から宮谷沢林道を下ったようだった。
   地獄谷を囲む山々を周回した形になる。県道は落合の集落まで歩み.途中の乾いた畑の中で.日を浴びながら昼食を摂っている。

     そしてここまで葛野川左岸の古道を綴ってきた。古道は河原伝いと云っても.その上の丘陵山腹を綴っている。
   再び葛野の集落に入ると落陽間近な.夕日を再び浴びた。

    徳岩山
   本通り静岡信金前.葛野バス停より.16:23

    16:30葛野bs¥280. :42=17:00jr猿橋:10=17:45高尾.快速:45=19:20神田.

     路線バスを待つ間に.バス停の向かい斜め奥にある七久保小学校から小学生3人が集い.私と共に路線バスに乗車した。
   1人はおっちょこちょいに動き回り.もう1人はおっとりしている。3人目はガキ大将の雰囲気で息が合っていた。

     「さようなら!」と交互に挨拶を交わし,3人は元気よく下和田で下車した。残る複路もバス路線はは私一人になった。
   大月行バスは猿橋駅に寄るか尋ねると寄りますとのこと。機械の調子が可笑しいので.降りる時.カードを手渡して下さいと頼まれた。
   jr猿橋駅では列車は待つ間もなく入線している。

   バス停で自宅に連絡して.携帯電話の電源はなくなる。・・戻った電源でカメラ31枚.携帯59枚を撮る。
   コンロ.テルモス.ストック.軽アイゼン ・・ 地形図「上野原」「大月」.山と高原08「高尾.陣馬」.革登山靴・・29.467歩
   三森北峰から見下ろす古道

     今回の曽倉山西尾根から葛野川左岸古道へのルート図
     地獄谷左岸を取り囲む尾根へ回り込む
     出合から県道浅川瀬戸線から葛野川左岸の古道・・長ぞうり沢の新たな堰堤と葛野