続.南大菩薩連嶺東面の鉄塔尾根を南下し.末端に聳える里山.岩殿山に立つ ・・晴明盤Top

  奈良子入口からセイメイバン東尾根を詰め.浅利川左岸尾根の送電線深城線の鉄塔尾根を下り.天神山から岩殿山に至る。
    セイメイバン東尾根から鉄塔尾根に乗り.さくら峠.高ノ丸から葛籠峠へ―尾根末端の岩殿山からは改めて道志山域の大展望を 2014年01月28日.松村

   林地区から晴明盤東尾根を詰め深城線鉄塔尾根を下る・・jr宣伝全車両.と送電線深城線
   葛籠峠から更に南下し笹平.稚児落しへ
   稚児落としからは尾根末端の天神山と岩殿山

    セイメイバン
     吹切尾根の野脇から浅利川の源流を横切る東尾根は大垈山から更に2つの支尾根を分けている。東方の宮地山へと延びる尾根と
   大垈山から南下する鉄塔尾根とに分かれている。.南方に延びる尾根を選び尾根筋に入れば小コブに乗りるセイメンバンに至る。

     セイメンバンからは更に東方と南東方に2つの支尾根を分けている。過ってはセイメンバン南東尾根を詰め.大垈山へと逆上して宮地山を下っている。
   それから丁度2年目にして.セイメンバンから深城線の鉄塔巡視路を綴り最南端の岩殿山にでている。
   昨年師走には林沢戸から宮地山タカザス沢右岸尾根を経て.宮地山から大垈山を抜け.さらに上部の吹切尾根の野脇にでていた。

     そして正月明けには小俣川沿いの林地区から東尾根を詰め.浅利川と葛野川大沢川を分水嶺とする長い深城線の鉄塔尾根を南下しようと思っていた。
   それが2週間前の師走には日川尾根の末端の日川沿いから眺めた北面の山々は.何処もが新雪の白さにに覆われる。
    jその折はr甲斐大和の北側に横たわる古部山南東尾根・勝沼尾根に変更している。

     今回は改めて深城線の鉄塔尾根を南下しようと思っている。一昨日は夜半に降雪があった見込み.積雪はどの位あるだろうか?
   灰焼場から上部は既に歩んでいるが東尾根は初めてで.不安が募り始発で出向いている。上手く南下しjr大月駅まで進むことができればよいが。

    1月28日(火)快晴
       jr御徒町4:46=神田5:00=6:13高尾.松本行:14=6:47猿橋.浅川行.¥320. :55=7:12奈良子入口bs.
    広告車両
     まだ闇夜のjr御徒町駅ホームに立つと始発の京浜東北線が入線した。
   私の立つホームにはちょっと気品のある飴紅色調のワイン色に飾り立てられた車両が入線した。宝塚歌劇100周年公演の宣伝車両.

     車内の広告は全て宝塚に関するものばかりで,出演する歌劇員の顔々が一枚づつ.或いは集合して吊り並べられている。
   又液晶デスプレイの電子広告にも,電車の案内以外は全て宝塚に関するものが集められ.吊り広告と共に飾り立てられていた。

     ジックり見る間もなく神田駅で乗り換える。電車が立ち去ったホームには再び痺れる寒さが忍び込み.自然と体は小刻に震えさせていた。
   ホームで待つ身.2番電車は何時もよりやや長く感じられた。土.日曜の山行の場合は常にこの山手線始発の時刻が定番になっていた。

     今回は何時もより早めに葛野川と支流の小俣川出合のある奈良子入口バス停前で下車した。
   「集落の案内板」があり.何時も窓越しなので.ジッくり見たいと思っていた。その為.バスも先行する浅川行に乗車した。

     猿橋駅バス停で2人の男子学生を降ろすと車内の乗客は私.独りになる。
   又「奈良子入口」バス停にある絵図には入山する林地区の略図に住民の各氏名が名指しで示されていた。・・周辺の集落絵図

     小俣川.愛郷橋
   富士急山梨バス.奈良子線の林入口バス停に下車. 県道を右に分け.左下の道へと林地区に下りる。7:25
   セイメイバン東尾根の末端のある林地区へと落口の愛郷橋を渡る。.

    セイメイバン西尾根から葛籠峠
      奈良子入口bs7:12一7:27愛郷橋一7:37尾根取付き地点一8:55灰焼場一9:39セイメイバン一10:53桜坂峠
      一11:10高ノ丸一11:50葛籠峠.大12:30.

     奈良子入口で降りたため.小俣川の左岸沿いを走る奈良子線の路線路を歩む。このルートを歩むのは丁度1ケ月振り。
   街道は山陰に覆われているものの.路面を照らす朝の明るさは大分早くなった。セイメイバン東南尾根を巻き込むよう東尾根の末端に向っている。

     本来乗る筈の奈良子行バスが私の脇を通り過ぎ.時たま通勤の自家用車と擦れ違う。
   ただ上和田からの139号線の往来に比べると静かなものだった。
   これから登る東尾根を見上げると頂点の左隅にちょこんと小和田山の頭.一角だけが朝陽を浴び.黄金色に煌き望まれた。

     朝方の陽光はまだ私のいる大地には届かずにいる。残り雪はこの辺は全く見られず.気を休まるも肌寒い。
   今回は林地区のメーン通りを抜け.東尾根に取付く。

    林地区
   地区中央に建つ十王堂と火の見櫓を右に見て抜ける.7:33

    林地区を取り囲む背は楢ノ木尾根から続く瀬戸境
   710m圏コブより集落を見下ろす
    左端の民家手前からUターンする形で山道に入り.刈り払われた原に取付く.

     集落. 良子線を15分ほど歩んで林入口バス停にでる。やや高台の車道からは林地区の全体が見下ろされ.
   坂を下ると愛郷橋を渡り林地区に入る。下る途中で地元の小学生4人が坂を登ってきた。大きな声で「お早うございます!」と揃え叫ぶ。
   私も「お早う!」と目を会わせ答えている。先程追い越した路線バスが折り返し.大月駅行に変わり.戻ってくるのだろう。

     林地区の一本道を上へ上へと登り詰め.右に回り込むと土石流危険渓流の標識を見ながら小川を渡る。
   その右脇に十王堂とその由来板があった。又その裏側には火の見櫓が突き上げるよう建てられていた。

    十王堂
     由来は説明板によると「江戸時代.十王堂はどの村にも必ずあったが現在は大月市内にはこの十王堂1つだけになった。
   十王堂信仰は人が死亡するとその日から7日毎に7回(49日)と続いて百カ日.1周忌.3回忌と10回閻魔大王以下10王のさばきをうけ.
   生前に善行したものは極楽に悪事を働いたものは地獄に送られるとという。このさばきに当たる日に死者の霊を救ってくれるそうだ。

     不動明王.釈迦如来.阿弥陀如来などの10の仏様に.念仏を唱え,死者の回向をしなければならず.昭和初期まで毎月16日に念仏を
   唱える会があったが今は絶える。」とある。優しい言葉で綴られていた。

     ざっと読むがそれより.後ろ方の火の見櫓が気に掛かる。ほぼ集落の中心にあり.小俣川は曲折しながら集落の中を流れている。
   背には楢ノ木尾根からの瀬戸境が集落を囲むよう帯をなし.瀬戸境と東尾根に挟まれた小広い河川丘陵は以外と広い水田を持っていた。

     火の見櫓から左に里道を綴ると集落の外れにある立派な2軒の民家にぶち当たる。
   その手前左へ入り込む簡易舗装の小径が東尾根の取付き。何もなく直ぐ裸土になり.南側にやや戻る気持ちで荒れた畑? を抜けている。

     刈り払われた荒地の段丘から高台縁を250mほど横切ると右手に踏み跡が現れる。数年前までは凄い藪で覆われていた模様。
   ここからは林地区が碁盤の目のよう耕作地を広げ.村道伝いに民家が並び.集落を綴る姿が見下ろされていた。

    セイメイバン東尾根末端
   林地区に向く石祠と木製ポスト.7:44
    東尾根末端.水道施設の裏にある木祠

     畑から山道になり右手の小径に入る。先程十王堂手前で渡った小川の左岸沿いを綴る径。直ぐ右手の高みに石塔と木箱を見ている。
   石塔の正面は集落を見守ってをり.ここが東尾根の末端になる。そのまま尾根通しに登れる確りした山径が綴られていた。
   又向かいの沢沿いも慌てることはない。そのまま進み.2つの堰堤を見て.直ぐUターンする形で尾根に乗っている。

   竹林から幅広い尾根に乗る.7:55

     右後方から集落北側から入り込む山径と合わさる。このコースは取付き地点から更に奥の民家前を直進し.左上に繋がる簡易舗装道に入る。
   そして貯水槽裏側の石仏.木祠を見て竹藪になり.この先道がなくなり.沢沿いから左(尾根の北側)に回り込むと尾根道に乗り.東尾根に乗る。

     昔からの道.今は藪もなくなり,わざわざ遠巻きに北側から入る必要はなくなっていた。尾根上は竹林混ざりの枯スズタケ帯だった。
   疎らで薄いスズダケだが今の時期は点々と続き.落葉の間から覗める程度.春になれば再び竹藪が復活するだろう。

   尾根上の700m圏.ここから傾斜.8:25

     檜の薄い日漏りの林径. ここからの尾根幅は広く.緩やかに窪み状の尾根筋を綴っている。
   ただ窪底の落葉の踏み跡は深く.倒木もあり登りずらい。窪地の左右の盛り上がりを使い.硬い落葉飛ぶ縁上を選び選び歩む。

     足を踏ん張っての急登になった。難点はやはり尾根上の窪み。樹葉が多く重なり合い.窪溝は埋もれている。
   できるだけ窪地を避け.例の要領で一気に登り詰めている。

     700m圏点に「平成21年度,保安林改良事業施行地」の標識が立ち.傾斜は緩やかになる。
   この影響で藪尾根は大分改善されたようだ。予想以上に開かれ.確りした踏み跡が続いていた。ただテープ類のマーキングは殆どない。

   権現山稜麻生山周辺.8:27

    宮路山
   北側に見える宮路山南東尾根.8:41

     自然林の枝木越えを背に霞む権現山稜西面の山々を望み.右手には明るい宮路山の南尾根や南東尾根が望まれている。
   南尾根は山陰に隠れ気味で.登るにつれ閉ざされてゆく。先月は師走の宮路山タカザス沢右岸尾根から大岱山を詰めていた。

     当時は用沢川沿いの尾根末端を丁度今の時間帯に朝陽と重なり合わせ.猛烈に焼けるような紅葉美の中を登っていた。
   その右奥が楢ノ木尾根.大峰に繋がる泣坂ノ頭になろう。

   東尾根灰焼場への径.8:47

    高度計
     700m圏から緩やかな山上の散策路になった。小さな起伏の肩.コブを越える。分かり易い尾根だが今回初めて.高度計を持参した。
   カシオの高度計が一昨日届き.色々操作するが自動受信できず.今朝列車内で受信が確認されている。

     今説明書なく.高度計の測量はまだよく分からぬが方位だけでも楽になる。確認だけの場合は腕時計を見ればよく.
   難しくなれば磁石を出せばよい。帰宅して覚えることが多くなるが山行が楽になるのは確かだった。

    尾根肩の灰焼場830m圏
   左手から南東尾根が合わさる台地.8:55
   「五八四」の標石.前回は立棒の先に赤い布が巻き付けられていた。

    灰焼場
     東尾根からだと何とも変化の乏しい所.灰焼場にでる。地形的には左から南東尾根が登ってくることを頭に入れて置くと分かり易い。
   灰焼場は漠然と進むと標石類がなければ通り過ぎてしまいそうな角気味の所だった。

     一昨年の丁度今頃に南東尾根から入り.急登を詰め.灰焼場にでた折は.尾根の肩とはっきり分かる所だった。
   その折東尾根を覗き込んでいる。倒木に覆われ.踏み跡は失われ悪路の如く思われた。それが間伐され.踏み跡も確り築かれている。

     ここからは暫く平坦になり.更なる踏み跡も確りし.北西へ灌木の冬木林を綴る尾根になる。
   直進すると直ぐ.左後方から細い踏み跡が合わさった。立木のテープには「小和田・東光寺」.「←小和田.東奥山↓」と書かれている。
   先程の南東尾根に入るトラバースのルートだが近道にもならぬ距離にあった。

     晴明盤・セイメンバン
   合わさった尾根道から晴明盤を目指す.9:08

    鉄塔尾根の桜沢峠
   東尾根より.9:13
    重なり合う鹿留山と高川山.花咲山と富嶽. 右上の高みに建つのが深城線10号鉄塔.

    セイメイバンへの枯葉径
     イメージ的にはセイメイバンへの尾根幅は狭く感じられた。当時は薄い踏み跡を気にせず.落葉の薄い場所を選び選び登っている。
   イノシシの掘り起こしにも暫し在っている。今回はまだ見ていなかった。踏み跡脇をメーンに木洩れ日の深い落葉径を詰めている。

     左手遠方にはサクラ沢峠の右肩に純白たる富嶽の切り開きを見ている。裾野まで雪白き煌めき輝く存在感は霞むも強い。
   峠越えの小さな山並はこれから南下する深城線鉄塔尾根。背を被るのは切吹尾根末端の山々。越す高川山が以外に高く聳えている。

     セイメイバンに向かう肩幅広い斜面にでた。尾根筋の起伏は失われ同じ一線の斜面が広がれば頂は近い。
   少し勾配が増し落葉に埋まる踏み跡が大きく右に回り込むとその踏み跡を右に分けていた。数年前と同じルートを辿っている。
   更に深くなる落葉径.落葉に隠されているその踏み跡を踏む。すると深城線13号鉄塔の頭を仰ぐようなった。

     薄い踏み跡が落葉に埋まり.足元に溜まる落葉を押し分け進む。そして右上脇にセイメイバンの頂が現れた。
   別に目印はないが薄い踏み跡を見付けたのは前回と同じだった。浅利川の左岸尾根に乗る。

    セイメイバン山頂
   セイメイバンの伝説.9:39

     セイメイバン1006.2mは大垈山の東肩から2つに派生した尾根の南へ延びる鉄塔尾根の上にある。
   前回は南東尾根を詰め.セイメイバンから送電線深城線沿いに北上し.大垈山から宮路山に立ち.南東尾根を用沢へ下っている。

     セイメイバンには2度訪れたことになる。初回のイメージが強かったのか.道標の多い頂だったと記憶していた。
   今は整理されすっきりした小広い台地に立つ。セイメイバンへの最短ルート.もう1つは東奥山から枝尾根を詰め.赤い祠にでるルートがある。

    深城線鉄塔尾根を南下
     尾根上に綴られている鉄塔尾根を今回は末端の天神山にでて.岩殿山に立つ積りでいる。
   本来なら山から里に下る電力がここでは里から発電所に逆に送電されている。それ故鉄塔番号も逆番で.山を下るほど若番になっている。
   昨年,猛暑の花咲山越えをしていた。その折セイメイバンから南下し岩殿山まで連なる逆側からの尾根を脳裏に収めていた。その尾根を下る。

     東尾根のツメで見上げた13号鉄塔はセイメイバンの南脇に位置している。頂から左手.南に折れ.縦走路を下れば直ぐ右手に13号鉄塔が現れた。
   基部は落葉松林の中.眺望は薄く目で認めただけで更に南下した。急下降で60mほど高度を落とせば小コブを登り返している。

    深城線12号鉄塔
     市の土地使用許可書.9:58
   山頂脇の深城線12号鉄塔.9:56

     小コブの960m圏コブの左側は自然林.右側は檜林に囲まれ.縦走路の右脇に12号鉄塔が建ち.基部は檜の密林で被われていた。
   又基部脇には県の土地使用許可書が珍しく掲げられていた。期日は5年間とあり.延長は白く塗り替えられているので分かり易い。

     現実的には深城線は平成04年に竣工され.鉄塔の高さは平均40m.66KV2回線の送電線。
   又葛野川揚水発電所は平成11年に運用開始している。この時期的な誤差もあるが5年毎に更新され.期日だけが塗り替えられたのだろう?

    深城線11号鉄塔
   自然林の尾根径を綴る.10:9

    南大菩薩連嶺.滝子山
   深城線11号鉄塔基部より.10:14

     滝子山東尾根・鞍吾山から右に登ると吹切尾根馬立峠に鳥屋ノ丸南東尾根.
   土沢右岸尾根734.8m三角点峰・・11号鉄塔基部より.10:12

     ここから自然林に覆われた尾根筋は急激に南東へ下降して.再び緩やかに南下すると11号鉄塔基部にでる。
   裸林の立木と共に鉄塔が建ち.手前から見上げる鉄塔は冬期独特の裸林を透しての鉄塔の全体像を望められている。そして深い空の蒼さ.

     落葉松林に囲まれ.基部の近くには寄生木を数本見上げられ.基部から展望は西面が広く遠望された。
   南大菩薩連嶺を背に.頂稜から派生する何本もの枝尾根が真木川右岸に延びては没している。

     主なる枝尾根の滝子山東尾根は鞍吾山が頭を出し.又大谷ケ丸南東尾根は大久保山が飛び抜けて頭を現わしていた。
   手前の雁ケ腹摺山から南側に延びる長大な尾根は吹切尾根だろう。気にすれば風はややあるが歩くには丁度よい。

    反射し煌めく深城線11号鉄塔
   11号鉄塔を振り返る.10:17

    小和田・畑倉地区周辺
   11号鉄塔の下りで.10:21

    百蔵山と岩殿山
     東面の急斜面の切り開きからは登ってきた灰焼場からのセイメイバン東尾根と南東尾根が写真の正面左下に横たわっている。
   広がる谷間は葛野川支流大沢川流域になる。右下の上流から東奥山の集落.河口の丘陵が小和田.畑倉地区。
   そして本流下流に広く下和田地区と。林沢戸の集落からは北面から見るセイメイバン南東尾根と東尾根.

   緩やかになった主尾根.10:22

   浅利川左岸の山々1・・昨年の山行で
   620m圏コブ先でて

     猛暑トレーニングで吹切尾根の橋倉峠から花咲山を下った折.左手に綴られた深城線鉄塔尾根を望んでいる。
   白岩は710m圏コブ? 又は向ウ山の730m圏コブ? 5号鉄塔は710m圏コブの日影側肩を抜けていた。・・2013.08.30/10:24

    深城線10号鉄塔
   10:29

   10号鉄塔基部より.10:32

    重なる百蔵山と扇山
   同基部より.10:34

     暫く下り始めると先の10号鉄塔を見下ろすようなる。尾根筋は自然林に覆われ.遠望に恵まれた。
   やはり展望のよい所は鉄塔の脚下基部に限る。基部下が権現山陵で.扇山へ吊尾根を延ばしているのが権現山。

    高ノ丸734.8m
   桜沢峠を隔て.10:40

     送電線はここから主尾根伝いから左へ離れ.10号鉄塔から8号鉄塔へと高ノ丸の東肩へ直線的に延びている。
   9号鉄塔はその谷間にあり.巡視路のある桜沢峠から東へ落ちる小尾根の上に建てられていた。

   サクラ峠手前の赤い石祠.10:47

    桜沢峠
   道標群と10号鉄塔巡視路標柱.岩殿山へ.10:53

    サクラ沢峠
     やや急な斜面を下り.落ち着くと尾根上に右手からテレビケーブルが地面を這い上がっていた。そして共に綴るとテレビアンテナを見る。
   多分金山民宿村からのケーブル. そして赤い石祠を見る。その先に道標が群がるのが見える所が桜沢峠っで降りている。
   セイマイバンから南下して.道標を幾つも見ていた。

     サクラ沢峠はモミ混ざりの雑木が細い尾根上にあり.賑岡町奥山.金山民宿村と東奥山を結んでいる。別名は「葛野峠」.「カンゾツ」.
   桜の木が見当たらないことから「クラ」は岩のことらしい。

     道標は東側を背にして「←セイメイバン.金山.遅能戸↓.高ノ丸→」.「←金山峠.金山民宿村↓.岩殿山→」とある。
   それに東電のL字鋼は「後10号.前8号に至る」が並ぶよう立てられていた。
   地形図にある破線の十字路はここでは三差路の峠になっている。日影へ下る径は見当たらず.又東奥山への道標も見当たらなかった。

     手前の赤い石祠の近くには新たな巡視路標柱が立ち.「後10号.前8号.U9号」とある。巡視路は標柱脇から左後方に向かい.
   9号鉄塔へ下っている。恐らく鉄塔下にも踏み跡があり.追えば東奥山に出られるが踏み跡は不明瞭とのこと。
   途中でサクラ沢峠からの山道と合わさり.沢ホフリ左岸尾根を下り日影にでられる。

     赤い石祠はサクラ沢峠を向いていた。以前セイメンバン南東尾根を登った折.灰焼場の手前.東奥山から登ってきた踏み跡と合わさっていた。
   大きなミズナラの木の下で.東奥山を見る丸っきり同じに見える赤い石祠を見ている。
   その当時も同じような石祠がサクラ沢峠に祀られていることは知ってはいたが由来は分からず。

    左上に深城線10号鉄塔.右下の谷側には9号鉄塔が建つ
   高ノ丸の登りから振り返る.11:04
   さくら峠東脇に突き出した台地に建つ9号鉄塔.

     主尾根沿いの巻き道を左に分け.高ノ丸734.8mを直登する。又この分岐は峠から直ぐ真近にあり.日影への下る踏み跡があるかも?
   道標が峠には沢山あり確認するも.東側を指す道標類は見定められなかった。
   程好く登るとなだらかな起伏の穏やかな尾根が開かれた。冬木の低い灌木が周りを包み.紺碧の深い空が大きく開かれた。

   高ノ丸(鷹の丸)から登り返す冬木の尾根道.11:18

     高ノ丸に建つ深城線8号鉄塔
     11:21

    8号鉄塔
     恩賜林標石があるだけの高原のような高みの高ノ丸. 頂から東南東に折れ.平坦な山腹を巻き込むと780m圏肩にでる。
   8号鉄塔が建ち.基部からは左手に百蔵山.扇山.道志の山々が望められた。

     今までは気が付かなかったが東電の立派な黄色い標石が4つ.各鉄塔の脚下脇に貫禄よく設置されていた。
   今回だけでなく.今までの覚えがない。四方に丁寧に設置されている。

    浅利川左岸の山々1・・昨年の山行. 白岩と向ウ山(白岩)と笹平・・大分高度を落と
   2013.08.30/10:25
    トズラ峠から覗くセイメイバン南東尾根
    見えぬが向ウ山の頂に深城線4号鉄塔がある。笹平の西枝尾根に建つ3号鉄塔(大月→葛野川発電所).


    葛籠峠(とずら)の少し北側上部に建つ7号鉄塔
     11:32

    東電の標石
     又もや7号鉄塔の基部にも同じような東電の標石が四方に埋設されていた。
   それもここでは3基は黄色で.1基は赤色で頭が塗られている。何故だろうか? 又脚下の四方の標石.
   その1ケ所.東側の中間に一回り小さな標石が1基だけ加え設けられている。何か理由がある筈だが分からないでいる。

    6号・5号・4号鉄塔
   葛籠峠を間近にして.11:41

     葛籠峠へ下る尾根筋から鉄塔群が眺められる。手前右手の6号鉄塔の基部脇を過ぎると直ぐ葛籠峠にでる。
   峠の対岸の向ウ山には5号鉄塔が建ち.更に4号鉄塔が眺められている。

    向ウ山
   深城線6号鉄塔基部から5号鉄塔へは一旦下って登り返す.11:45
    右下が葛籠峠で向い打つ5号・4号鉄塔

   この先.右よりに葛籠峠.11:46
    右下の萩のトンネルを潜り葛籠峠へ

   林道に降りる手前の峠の地蔵様.11:48
    広い台地状の鞍部.葛籠峠の北側の斜面を上った所には馬頭観音らしき石仏が安置されていた。

   葛籠峠
   舗装された奥山林道を横切る.11:51
    峠の左先に下り.向かいの右手.囲いの中がススキの小平地. 更に山道に入った右奥の笹原を抜けると中村に降りつ峠路の分岐がある。

    葛籠峠
     大きな尾根を横断するような平坦な奥山林道が横切る峠道にでる。
   葛籠峠(とずら)はコナラ林や赤松混ざりの雑木に囲まれ.西奥山.遅能戸(おそのと)と東奥山.日影を結ぶ昔からの峠道。
   西側の古道入口は中村集落. 林道奥山線の開通をみてからは金山が起点になりつつあるようだ。

     昔は浅利川沿いにはバス路線はなく.何処行くにもこの尾根道を通っていた。
   今の地形に合わせると8号鉄塔-セイメイバン峠-7号鉄塔-葛籠峠(桜沢峠)-6号鉄塔-林道.天神峠-筑神峠などがある。
   又重なる峠名や多種にわたり呼ばれる峠名など.同じ地区でも色々な峠名で呼ばれていた。

     葛籠峠の峠名としては他にトズラ峠.築坂峠.天神峠など呼ばれている。
   遅能戸と云う地名は「鬼の首」を現わし.「オニノト」か「オソノト」に転じた地形語で.山間の緩やかな場所をさしている。
   ・・HP「峠のむこうへ」さんの資料を参考にして頂いています。

     峠に下り.周りを見渡した感じでは葛籠峠にまつわる悲劇の伝説を伝えるような.昔の雰囲気を残す所は見当たらなかった。
   合点がいかぬと地形図を見ると峠を越えした西面の谷間には落差が非常に強い.岩盤帯が延びている。

     また東面も沢沿いのツメの部分だけ.小平地の裏側で藪やススキで見ずらいがその裏側は急激に高度を落としていた。
   その上に権現山.百蔵山.扇山の山稜が藪絡みの越えに姿を覗かしている。・・「葛籠峠」の伝説

    大休止
     葛籠峠から右斜め前がやや小広い空地になっている。融雪したばかりの枯草の大地はまだ何処も濡れ浸み渡っていた。
   時折風が流れている。その途切れる場所と当然日当たりのよい所を選び腰を降ろした。ザックを広げコンロを点す。

     今回は内ナベでノンフライの「日清ラ王」を茹でる。そして外ナベに移し.再び野菜に割れた生卵に味噌スープを足した。
   できたところで麺を加え温める。何故か食材に肉切れはなかった。工夫して調理したわりに.炊事する分からなかった。
   冷蔵庫に忘れてきたらしい。それでも温かく美味いラーメンができあがる。・・間食はアンパンとバナナ.みかん大2が残る。

     静かだ.昼間だと云うのに無音の世界にも思える。雪中の無とは異なり.雑音の相対がマイナスとして耳に伝わり.無音に思えるのだろう。
   静かだ! 小鳥が囀るわけでもなく.炎の音だけがゴーゴー耳に付く。これからが本番とテルモスはまだ口にしていなかった。

     林地区から晴明盤東尾根を詰め深城線鉄塔尾根を南下・・jr宣伝全車両と送電線深城線
     葛籠峠から更に南下し笹平・稚児落しへ
     稚児落としからば尾根末端の天神山と岩殿山・・jr大月